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第 8 回
水の上に住む
《アジアの水辺暮らし(2)》
●高床式水上住宅と日本民家のルーツ
前回の「家船」に続き、海や湖・運河に杭を打って家を建てる、高床式(杭上民家)の水上住宅を探検。さらに日本の沿岸住宅のルーツについての大胆な仮説に迫ります!
●船からの移行型と雨期増水対策型
高床式水上住宅の起源には2つのタイプがあると言われています。
一つ目は、“船の住まいから水上住宅への移行型”。漁業を中心に移動型の家船で暮らしていたものが、穏やかかつ魚が豊富な内海などをみつけ、そこに高床式の定住型住宅をつくるというものです。
二つ目は、デルタ地帯などに作られた“雨期の増水対応型”。その昔、雨期の河川の大氾濫で樹木が育ちにくいデルタ地帯では、堤防を築き治水して田畑をつくってきました。これによって出来た運河を水上交通の“道”や生活用の水場として利用。住まいは運河の横や水上に高床式のものを建て、増水時の浸水に対応してきたというものです。いわば、河川や水と上手につきあう暮らし方から生まれた水上住宅です。
●水に感謝し、水と暮らすタイの水辺の暮らし
タイのバンコクノイ運河の水上住宅は、“雨期増水対応型”であり、水に対する人間の知恵と、水のもつ素晴らしさを満喫できる住まいです。
ここは、その昔治水や防衛、水上交通網整備のためにつくられた運河で、水辺には高床式の民家や寺院が深い緑をバックに並んでいます。村の桟橋に到着すると、水の上にやはり杭で支えられた歩道がジャングルに向かってまっすぐ伸びていて、その脇に家々が浮かぶように佇んでいるのです。 |
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びっくりするのは、熱帯雨林の真ん中で暮らしながら、ここの木造民家はあまり暑さを感じさせないこと。実は、窓からだけでなく床下の水に冷やされた涼しい風が抜けてくるからです。さらに床のところどころに段差をつけ、より風通しをよくして快適な温度を演出。つまり、自然のエアコンが“効いている”のです。涼しすぎれば窓を閉めればOK。もちろん冷房病なんてありません。自然の力を利用するというこの発想は、私達の家作りにも大切な考え方です。
家を出ると水面に降りていける階段がついていて、その横には鏡がついています。そう、ここが洗面所。日本に比べれば決して綺麗な水とはいえませんが、顔を洗ったり、水浴びをしたりするには充分。トイレは一度ためてから運河に流す方式ですが、熱帯地域ではバクテリアの発生が活発なため、ほとんど害がないほどに処理してから流すことになります。また、バルコニーのような広い縁台を持つ家も多く、そこで涼風にあたったり、運河に飛び込んだりして水の恩恵を堪能できるようになっているのです。
そんなタイでは、毎年11月、雨期の終わりの満月の夜にあるお祭りが行われます。これは、バナナの葉と茎で作った船型のものにロウソクや飾りつけをして、運河や水路に流すお祭り。日本の灯篭流しにそっくりですが、亡くなった人の霊を祭るものではありません。これは「水への感謝のお祭り」なのです。まさにここに暮らす人々は、水の恩恵をよく知る水上生活者なのです。
●東南アジアの家のルーツは船?
さて、「東南アジアの家は、船を模したものが多く、祖先は船で暮らしていた」という説があるのをご存知ですか?
なぜなら、アジアは現在も家船で生活する人たちや、水辺や水上で暮らす人が少なくないということがひとつ。また、マレー半島を例にとれば、大工さんは家の大工さんであり船大工でもあったり、住居の大黒柱を意味するティアン(マレー語)は、船のマストを表す言葉であったりと共通点が数多くあるのです。またスマトラ島のある部族の家などは、屋根が極端に大きく、棟端が桁端の出っ張りよりも深く出るつくりになっており、船を思わせる外観になっています。これは元々船を生活の基盤としていた民が、家を船に見立てているのではないか、という事なのです。
●日本のうなぎの寝床は船住居の名残り?
実は、日本の浦(漁村)の住まいも海から地上に上がった「陸上がり」の家だと言う大胆な仮説もあります。山村の民家の間取りが田の字のようになっているのに対して、船が船首から船尾にかけて縦長の構造であるように、浦の民家はいわば“うなぎの寝床”のような間取りになっている場合が少なくなりません。これは、船住居の型がそのまま陸上でも受け継がれているのではないか、というのです。確かに、日本でも昭和30年代までは瀬戸内海や九州地方に、船を住まいにする漁民の方々がたくさんおり、家族全員で漁稼ぎをしながら港をめぐり多彩な暮らしを営んでいました。まだ学術的な検証はされていませんが、日本人のルーツのひとつと言われる「黒潮の民・海の民」の暮らし方が、日本の海辺の民家に受け継がれてきたのかもしれない、と考えると壮大なる歴史ロマンを感じますね。 |
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