毎週、様々なテーマでお送りする、
Housing Column。
第 20 回
おいしいキッチンのつくり方 - 2
キドサキナギサ (一級建築士)
●あちこちキッチン
中国は江西省の奥地に、古い集落を見に行ったことがある。「千古村」とよばれ、千年前から変わらぬ集落だそうだ。橋を渡って川沿いの村に入る。石畳の上を鶏が歩いている。ノートや鉛筆を売っている小さな文房具店や、店先にこども服を並べている洋品店の前を通って、角を曲がる。
住居の前に机を出して、おばあさんが4人座っている。どれどれ、あ、麻雀ですね。家のなかのことはお嫁さんにまかせて、悠々娯楽に興じられる年齢になった、ということかな、楽しそう。家の奥を覗かせてもらう。日本の昔の風呂桶くらいの大きさの竈があり、上面には鉄製のまあるい鍋が組み込まれている。なるほど、中華鍋が一体化されたキッチンだ。こっちでご飯を炊いて、余熱でお茶用の湯を沸かす、と通訳してくれる。ローカル限定の合理性。北京の四合院の映像でも、同じ竈を見たことがあるが、あれらはほんとうに古いものなのか、古いものを模した新品なのか、実は疑問に思っている。
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オランダのデルフトにいる友人は、運河沿いの18世紀の建築のペントハウスを住居にしている。煉瓦造の壁の最上部に太い木組みの屋根がかかり、梁には当時の棟梁の名前が彫ってあったりするらしい。けれども、18世紀そのままの外観からは想像もつかないくらい、内部は現代的な改修がされている。コンパクトなキッチンは真っ白なオール電化で、カウンタートップは御影石。浴室も真っ白で、長い洗面カウンターの一部には洗濯乾燥機が組み込まれている。屋根裏の高い天井を生かして、ロフトが新たに付け加えられ寝室になっている。私が泊まったときには、梁に簾を結わえて下ろし、布団とハンガーパイプの寝室コーナーをつくってくれた。和のテイストもびっくりするくらい馴染んでいる。
そもそも建築の世界ではオランダはモダンデザインの王国である。またグラフィックデザインも有名である。道路の標識や看板はもちろんのこと、郵便局にある郵送のマニュアルまで切り込みや見出しの耳まできっちりデザインされていて驚く。日常のいたるところが合理的で美しい。デルフト工科大学には建築学科の学生が1万人近くいて、日本にはないリノベーション専門のコースがあると聞いた。友人の住居も、賃貸物件として既に、デルフト工科大学の建築の先生方が手を加えていたそうだ。歴史的建造物のリノベーションでは、表層のデザインよりも、当時はなかった電気や設備の配線・配管をいかに表に出さずに設置するかが難しい。そういったノウハウが蓄積され、大学で教えられることで、古い建物を現代に活かす可能性が増える。日本の大学でもそろそろリノベーション学科をたちあげなくては、という動きがあるようだ。住居やオフィスに適用して、豊かな空間と安価な賃料が実現することを切望している。
さて、旅に出ると誰でもかならず立ち寄るのが市場 (マーケット) ではないだろうか。モロッコを2週間、車で移動した。田園風景の脇の道を土埃をあげながら走っていくと、ここから市街地、という標識と門に出会う。車の速度を落としてまちなかに入る。たいてい旧市街の中心に市場があって、香辛料や衣類、靴やかばん、カセットテープ、金細工の店などが並んでいる。どこの街だったか覚えていないが、市場のまんなかの一段あがったところに、天蓋付きの小さなスペースがあった。数軒の魚屋が店開きをしている。コンクリートの床から立ち上がった台がまな板になり、魚を捌いている。まちなかのキッチンといった風情である。
2002年に西アフリカのガボン共和国で魚市場を設計する機会があったときに、まっさきに思い出したのが、モロッコの市場だった。魚を片付けてきれいになった市場は、公園のように24時間オープンである。私が設計する市場も、営業時間以外も24時間開いていてほしいと思った。もともとの市場はガボンの漁港脇で、とれたての魚をパラソルの下で台に載せて売っていたので、地元で採れる木材でパラソルが連続するような屋根をつくり、地面が盛り上がって台になったようなコンクリート製の売り場をつくった。雨よけのルーバーが屋根から下がっているが、床から2メートルは建具がなく24時間オープンである。遠い異国の食卓に、私が設計した市場で買った魚が並んでいるのを想像するのは、ちょっとうれしい。
モロッコ市場
ガボン魚市場
●どこでもキッチン
海外のキッチンはそれぞれ、生活の様式や伝統から必然的に変化してきたものだろう。では日本の私たちのキッチンはどこをめざしていくのだろう。
中華鍋組込みキッチンは、なかなかかわいらしい形状をしている。私たちのキッチンだったら、電子レンジや魚焼きが組み込まれたものになるのだろうか。なんだか大げさそうで、キッチンというよりはむしろ電脳機械のハコといった趣になりそうだ。都市生活の就業者にとって、その日の食材をその都度、市場で購入するというのは無理だろう。24時間オープンのコンビニを冷蔵庫代わりにするといっても食材の種類に限界がある。
私は、食材をストックする場所と料理をする場所を、そろそろ分けて考えたいと思っている。キッチンで片付かないのは実は食材だから、食品庫を見えないところに確保して、その都度必要なものをキッチンに運んではどうだろう。ストック場所が家庭内市場である。キッチンも収納スペースが小さくなれば、もっと身軽につくることができる。たとえば、樹脂のように軽い素材でつくるIHヒータ組込みのキッチンカウンターは、コンセントのある場所ならどこでも動かすことができるだろう。壁付けのキッチンには、シンクや電子レンジを組込んだ収納壁にできる。キャスター付きのミニキッチンは、トランクのように閉じればただのハコになる。オフィスの給湯ユニットとして、またテラスや庭でカフェ気分を楽しむこともできるだろう。茶道の野点のキットのキッチンバージョンである。
食事は楽しくておいしい。食事を作るための場所を少しだけ自由に身軽に考えることで、スペースも時間もフレキシブルで有効に使えるようになればよいと思う。
一級建築士
東京都生まれ。
城戸崎和佐建築設計事務所
を主宰。
アフリカの魚市場や九州の保育園から小さな家具まで、楽しい生活のサポーターとして設計活動中。
協力:
(社) 東京建築士会
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