毎週、様々なテーマでお送りする、
Housing Column。
第 41 回
おいしい建築
手塚由比 (一級建築士)
 料理と建築は良く似ている。料理にもおいしいものとまずいものがあるように、建築にもおいしいものとまずいものがある。おいしいうなぎは、8割方の人がおいしいと思うだろうし、まずいうなぎもまた然りであると思う。建築もおいしければ8割方の人にはおいしいと感じてもらえるのではないか。建築のおいしさは、そういういわゆる素人にも伝わるわかりやすいおいしさでありたいと思う。ある一部の人にしか伝わらないマニアックなおいしさというのも確かに存在すると思うが、多くの人と共感できるおいしさに興味がある。

 料理のおいしさは一口食べて“おいしい”かどうかである。それはシェフが“この料理は新鮮な魚をベースにバルサミコとレモンを云々”などと説明したからおいしくなるというものではない。理屈抜きにおいしいかどうかである。建築のおいしさも中に入って“おいしい”と説明抜きに体感できるものでありたい。
 
 では建築のおいしさとはどういうものであろうか? 明るい、風通しが良い、気持ちいい、楽しい、美しい、使い易い、などなど切り口は色々あるだろうが、当たり前のことの集積ではないかと思っている。でもその当たり前なことをとことん真面目にやったものが実はありそうで無かったのではないかと感じている。
 
 屋根の家という住宅を6年前に作った。一言で言えば屋根の上でご飯が食べられる家。屋根に全面木デッキが貼ってあってテーブルとイスとキッチンとおまけにシャワーまである。屋根には8つある天窓の好きなところにはしごをかけて上がれるようになっている。
 
 事の発端はクライアントの“屋根の上でごはんを食べたい”の一言。当時クライアントが住んでいたのは普通の古い木造2階建ての建売住宅。その玄関の上にかかる畳3畳ほどの小さな瓦屋根に2階の窓から腰壁をまたいでひょいと出て家族4人でおにぎりをほおばるのだという。その時点で私達の心は決まった。
 
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Photo by Katsuhisa Kida
Photo by Katsuhisa Kida
 確かに屋根の家のクライアント (以降高橋家) 程屋根の上で頻繁にご飯を食べる人は少ないかも知れないが、屋根の上に登った経験は少なからずの人が持っている。以前ボルドーで講演会をしたときに「屋根の上に登って楽しかった経験のあるかた手をあげて下さい」と聞いたことがある。80パーセント以上の出席者が手をあげた。インドの友人に屋根の家を見せたところ彼の町は全部屋根の家だそうである。屋根の上の気持ちよさは誰にでもわかるわかりやすさがある。
 
 屋根の上の気持ちよさは、原っぱと同じではないか。建築家は何もしていないのではないか。と問われることもある。しかし原っぱのままでは、座るとじめっとしたり、虫が足の上を上がってきたり、野獣に襲われることもあるかも知れない。雨が降ればすぐに濡れないところにも行きたい。人間は弱い動物であるから建築が必要である。人は建築を通して環境を都合よく変える。屋根の上の気持ちよさを味わうにもただ単に屋根に上がれればよいというものではない。気持ちよさをより良いものにするためには仕掛けが必要である。
Photo by Katsuhisa Kida
 
 屋根の家には屋根の上の気もち良さを味わうための様々な仕掛けがある。
 
 屋根は景色に向かって傾いている。傾いていると人は自然と座りたくなる。河原に行くとカップルが土手に並んで腰掛けているのをよく見かけるがそれと同じ話である。傾いているというだけで座りやすいし、景色を見ながらお互いの顔を見ないで話ができるので、“あ、魚がはねたね。”などとつまらない話題でも間がもつという良さがある。屋根の高さはできるだけ低く抑えた。軒先が低いと、庭でバーベキューをして焼けたものをひょいと屋根の上の人に手渡しできる。軒先に腰掛けて足をぶらぶらさせるのも気持ちが良い。屋根の出入りは天窓を通して。天窓にはしごをかけて屋根の上に 登るのは、普通に階段を上がって屋上に出るのと違い冒険心をかきたてられる。こういった仕掛けの一つ一つが住む人の行動を呼びおこし、生活を形作っていく。
 
Photo by Katsuhisa Kida
 家ができて家族の生活は変わった。屋根の上で食事をするのは何も特別なことではなくなってしまった。来客も増えた。何時たずねても子供も大勢遊びにきている。学校の友達の間で有名になり、“君もあの屋根に登った?”と聞かれて登ったことがないと仲間はずれにされてしまうそうである。子供たちは家を使って実に色々な遊びを考え出す。ボールがを天窓を通じて屋根の下と上を行き来する。屋根の上にいると子供たちがあちこちの天窓からもぐらたたきのもぐらのようにひょっこり顔を出すのが見える。家自体が子供たちの“遊具”になっている。心理カウンセラーである高橋夫人は、屋根の上で子供達のカウンセリングをするようになった。ぐれた中学生が屋根に座って景色を見ながら“ぼくもこの家に生まれ育ったら、やさしい子になれたのに”とつぶやく。座って景色を見ているだけで心が癒されるのだ。そして高橋夫人はこの家を“限りなく勤労意欲をなくさせる家”と評する。家に居てぼーっとしているだけでまぁいいかという気分になるのだそうである。家族は週末どこにもでかけなくなってしまった。
 
 屋根の家は高橋家がいて初めて完成するパズルである。家、高橋家の人々、そこで繰り広げられる生活そのすべてが総体となって“屋根の家”という体験を形作る。高橋家の人々と屋根の家は切っても切れない関係である。よく犬は飼い主に似てくる。という話があるが、家も人と似てくるようなところがあるような気がする。
 
 屋根の家の設計は私達にとっても実に楽しいプロセスであった。最初のプレゼンテーションで模型をお見せして大変に気に入って下さった高橋夫妻。“屋根の上は私達が考えるから下は手塚さん適当に作っておいて下さい”とのこと。“下”の住空間は最初のプレゼンテーションから殆ど変更のないままできてしまった。打ち合わせは高橋夫人のおいしい手料理を頂きながら。話すことは殆ど趣味や旅行のことなど。いつも帰り際に“そろそろ打ち合わせをしないと”と言ってほんの少し家の話をして帰るという状態であった。
 
 高橋夫人には“手塚さん達に選ばせると自分達の好きなものを選んでくれるので非常に楽だ”と言って頂いた。やはり価値観が近いというのは、建築家とクライアントとの最も幸せな関係であろう。
 
 かくして築早6年も経ってしまったが、屋根の家には今だにしばしば取材を口実に訪れる。とある雑誌社の取材に対し、高橋夫人は“手塚さん達の作る家は100%満足とはいかなくても100%お気に入りの家になる。”とおっしゃっていた。
Photo by Katsuhisa Kida
一級建築士
外部環境と一体化した空間設計を得意とする。住宅から公共建築まで広く手がける。代表作は屋根の上で生活が展開する「屋根の家」や深さ5メートルの雪の下に埋もれる自然科学館「森の学校キョロロ」。
アートディレクターの佐藤可士和と共同で手がける「ふじようちえん」では、一周200メートルの楕円型の屋根上空間を形成。完成は2007年3月予定である。「手塚貴晴 + 手塚由比建築カタログ」に全38作品が収録されている。
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