毎週、様々なテーマでお送りする、
Housing Column。
第 67 回
【東京臨海地域・水辺の暮らし探検】
〜佃島・月島編 その2〜
そろそろ、クリスマスやお正月休みをどう過ごすか、また気が早い人は「初詣はあそこに行こう」などと言い出す季節がやってきました。
初詣と言えば、東京で一番賑わうのが明治神宮、大阪では住吉神社あたりが有名です。実は、東京にも有名な住吉神社があります。初詣では著名ではありませんが、夏祭りは、安藤広重が名所江戸百景にも描き、落語の表題 (「佃祭り」) にもなっている「佃島の住吉神社」です。この神社は、佃島はもちろん、月島、勝どき、我がトリトンスクエアのある晴海の鎮守様。高層マンションや最先端のビルが建つ臨海地域でもあるこの鎮守様近くに、江戸が隠されているのをご存じでしょうか?
早速、水辺の暮らし探検〜佃島・月島編 その2のスタートです!
●ひっそりと佃小橋の水の中に眠る江戸
佃島・住吉神社の境内を出てちょいといくと、「佃小橋」という名の朱塗りの小さな橋がかかっています。これは隅田川の水を引き入れる入り江となった水路、佃堀にかかった橋。
実はこの橋の下の水中のさらに土の下に、江戸時代から続く「柱」が埋められているのです。
3年に一度行われる住吉神社の「例大祭」には、「大幟」という幟 (のぼり) が島内に6本立てられ、その昔はどこからも見えるほどでした。これは寛政10年 (1798年) に幕府の許可を得て以来の伝統儀式で、そのための柱が「水の中」に埋められているのです。陸で保存するよりも、水中の土の下の方が腐食を防げるという、江戸時代から続いている知恵です。
●大幟は佃島が漁師の町である証
高さ15メートルもあろうかというその柱には、「住吉神社」と描かれた大きな幟がはためくのですが、この幟をつけるには、船の帆をはったり、結んだりする漁師の技術が使われます。前回ご紹介したように、佃島は漁師の町なのです。
今はひっそりと水の中に眠っていますが、なんと2008年はその「例大祭」の年。大幟以外にも、初日には、三対の獅子頭が巡行。獅子頭の鼻面を早くつかむと縁起が良いということから、若い衆が激しくもみ合う姿は圧巻です。2日目は天保年間につくられた八角御輿が町内を練り歩き、3日目は、町内御輿渡御と御本社御輿の宮入があります。大祭中の二日間、神社の御輿1基が佃、月島、勝どき、晴海地区も巡行します。全国の祭り好きも集まり、さらに沿道の人が担ぎ手たちに水をかける様子はまさに熱気ムンムン。
●地域の絆を深めるお祭り
ちなみに、このお祭りは、「住吉講」という地元の組織の人が代々運営しており、住吉講の人が亡くなると、その後の大祭のときに、御輿に対して遺影を掲げる習慣があったりします。それだけ、地域の人には思い出の行事であり、土地に根付いたお祭りなのです。昔は佃島の人のみが中心でしたが、今では月島や勝どきの人も仲間となっています。祭りの手伝いは、どこの方でも大歓迎とか。皆さんのお住まいの町にもそんなお祭りがあるのではないでしょうか? 勇気をもって参加を申し出れば、自分の住む土地をより愛せるようになるかもしれません。
2008年は8月1〜4日に佃島・住吉神社の例大祭が行われますが、その前に、柱が眠る「佃小橋」をわたり、広重の描いた住吉神社にお参りするのも、冬の散歩のおすすめコースです。
●佃島気質と月島気質
今では一体感のある佃島と月島ですが、以前は「気質が違った」と言う人もいます。佃島は「島国根性」があって閉鎖的で、月島は「現代的で冷たい」というのです。当時の事を取材した中央区の資料にこんなエピソードが残っています。それは関東大震災の時のお話。
地震の直後に火災が発生した時、佃島の人々は消火にあたったのに、月島の人たちはすぐに逃げてしまったというのです。これには訳がありました。佃島は、前回ご紹介したとおり、徳川様から譲り受けた土地であるのに対して、月島に住むそのほとんどの人が借家だったのです。借りた家より、まずは自分の命が大事というのも人情。しかし、それも今は昔。資料には「次は絶対消す」「いつまでも佃の人たちにその話しをされると悔しい」といって苦笑する地元のお爺ちゃんのインタビューも記載されていました。
住吉神社
佃小橋
例大祭
●佃と月島散歩のすすめ
住吉神社の近くには、「佃島渡船跡」が残っています。築地と佃島を結ぶ渡し船の船着き場で、渡し船自体は佃大橋が出来る昭和39年まで運行していました。これは明治時代、石川島、月島に造船所などが出来たので、その従業員のための重要な交通機関として運行されたものでした。もちろん江戸時代にも橋はなく、近いようで遠く、遠いようで近いからこそ、独特の文化が生まれ、それを広重が江戸百景にも描き、その背景が落語「佃祭り」を生み、その後、都会散策者であった永井荷風にも愛されたと言われています。
開発が進み、瀟洒なビルやマンションが建ち並びながらも、独特の風情と味が生きる佃島と月島。地下鉄が通り、交通の便が良くなりましたが、今でも残るその風情を楽しみにやってくる旅人や散歩人も少なくありません。「ALWAYS・三丁目の夕日」のようなシーンを想像しながら、晴海トリトンスクエアに来た際には、ぜひ佃・月島巡りもしてみてください。
ちなみに、「もんじゃ焼き」「佃煮」以外に、最近では「レバーフライ」もこの地域の名物ですよ。
佃島渡船跡碑
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