毎週、様々なテーマでお送りする、
Housing Column。
第 93 回
【暮らしの中の和紙】
晴海トリトンスクエアのノーストリトンパークでは、今、珍しい三椏 (みつまた) の花が咲き誇り、沈丁花に似た爽やかな香りを漂わせています。夏にその年に伸びた枝が急に三本に分枝するので、三椏という名がついたそうですが、日本髪に挿す花鞠かんざしのようなかわいらしい花ですね。
さて、今回はこの三椏の花に因んで、暮らしの中の和紙について考えてみましょう。
●なぜ三椏で和紙の話になるの?
実はこの三椏の細長い枝の皮を乾燥させ煮熟すると、和紙の原料となります。三椏からは表面が滑らかで粘り強く印刷しやすい和紙が作れますので、紙幣の生まれた江戸時代にはその原料となりました。現在でも日本の紙幣は三椏が原料となっています。ほかに麻 (あさ) や楮 (こうぞ)、雁皮 (がんぴ) なども和紙の原料となりますが、いずれも靭皮繊維が長く繊維同士が絡みやすいという特性を持つ植物です。
三椏の花
●暮らしの中の和紙−歴史とともに−
襖紙の登場
和紙の歴史は大変長く飛鳥時代以前に遡ります。
当初、書写用として重宝されていた和紙は、平安時代中期以降、貴族の邸宅に襖が誕生すると建具にも用いられ始め、
からかみ
など柄や色が施された襖紙が作られ、和紙によるインテリアデザインが始まりました。江戸時代に入ってからは
泥間似合紙 (どろまにあいし)
という防火機能のある和紙も誕生しています。
麻や楮に比して、三椏や雁皮で漉かれた和紙は表面が滑らかで光沢があり、特に雁皮のものは、鶏卵の殻の色と滑らかな肌質に似た表情を持つことにより、中世以降
鳥の子紙 (とりのこし)
と称されるようになりました。繊維と埃 (ほこり) の絡み合いが生じにくく、虫害にも強く、いつまでも状態の良い襖紙となります。
現代においても "からかみ" や "鳥の子紙" は襖紙の代名詞のように用いられていますが、本来主原料であった雁皮は残念ながら栽培が難しく入手困難なため、三椏やパルプ、麻が代用され、また機械漉きのものが汎用されています。
明かり障子の魅力
ノーストリトンパークの三椏
クリックしてください。
古代において、空間を仕切りながらも明かりを取り込む障子が建て込まれたことは、大変画期的なことであったのではないかと想像します。板戸の手前に障子を建て込むことで断熱性能は格段にアップしたでしょうし、閉めていても明かりが入るのですから、日中はさぞ暮らしやすくなったことでしょう。
和紙の魅力のひとつに、光を透かした時に現れる長い繊維が絡み合って斑となった表情があります。その斑を透して入り込む光は柔らかく拡がっていきます。これに比してパルプの機械漉きによる洋紙を通した光は、緻密で均一な紙面のため表情のない固い光となり、プラスチックを通した感じに近づきます。また、西洋の教会建築においてステンドグラスを介して差し込む光が人々に高揚を与えるのに対し、水平に連続する障子から柔らかく射しこむ光は、人々に清浄を与えます。
現在、住宅において開口部に障子が用いられることは少なくなってきましたが、再度その価値を認め直し、洋室和室を問わず取り入れてみてはいかがでしょうか。
小さなお子さんのいらっしゃる家庭には破けにくいプラスチックの混入された障子紙も人気ですが、光の質を味わいたいならば和紙を選ばれることをお勧めします。小さな破け穴だったら、花型を作って貼ってもかわいいですよ。
壁紙はビニルクロス?
壁の少ない平安時代の寝殿造りにおいては、和紙が壁紙として用いられる機会はなかったのではないでしょうか。中世に入ってからは土壁の剥落を防ぐ目的で腰に貼られるようになり、和紙には宿紙 (しゅくし) という再生紙が用いられました。室町時代には茶の湯の普及に従って、壁紙は茶室において剥落防止に意匠性が加味され始めました。
江戸時代に入ると和紙のデザインは充実し、壁紙としても積極的に意匠に取り入れられ始めました。桂離宮松琴亭では、青と白の市松貼りで床の間の壁が貼られ、襖とデザインを統一した印象的なデザインとなっています。
昭和に入り、日本の住居が土壁ではなくプラスターボードを下地にすることが一般的となると、ビニルクロスの需要が一気に高まりました。和紙を壁に貼るということは和風を表現する手段として部分的に用いられる程度となり、壁紙といえばビニルクロスという時代が今も続いています。
和紙の繊維
洋紙の繊維
なくてはならない和紙
江戸時代、それまでは身分の高い人々のものであった和紙が庶民の暮らしの中にも入ってきます。その用途は大変幅広く、建具 (障子・襖・衝立)、照明器具 (行燈・提灯)、雨具 (傘・合羽)、エアコン (団扇・扇子)、医療用具 (油紙)、衣類 (紙衣・帯・足袋)、玩具 (張り子・千代紙・凧) 等々。油紙や渋紙、泥間似合紙など、水に弱い・燃えやすいという紙特有の弱点を補う考案もなされ、和紙は生活の中になくてはならない素材となりました。
明治時代機械漉きの洋紙製造が始まる (1874年) と、切手や教科書は洋紙に切り替えられ、和紙の需要は減少を辿ります。しかし、和紙は長期保存が可能なため記録保存が必要な公文書などには現在も和紙の使用が指定されており、また、世界遺産の修復に用いられるなど海外からの評価も高く、今でも和紙はなくてはならない存在です。
●現在の暮らしの中の和紙
プラスチック製品が登場し、暮らしの中の和紙の出番はめっきり減ってしまいましたが和紙は再生可能であり、簡単にカットや処分ができ扱いやすく、素材感のバリエーションも豊富、と大変魅力に富む素材です。
長い歴史の中で蓄積されたデザインや技術を、暮らしに再び取り入れてみてはいかがでしょうか。
[住まいのナビゲーター 廣田 文子]
参考資料「和紙と暮らす」平凡社、他
和紙貼りの雪洞天井
アトリエ珠 (しゅ) 一級建築士事務所 廣田 文子
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