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第 16 回
【晴海トリトンスクエア物語 (1)】

 今回から、晴海デザインセンターの入っている「晴海アイランド トリトンスクエア」という街を探検していきます。東京ドーム約7.7個分の広大な敷地に、3つの超高層タワービルをランドマークに誕生した晴海トリトンスクエアは、この春5周年を迎えました。
 まず晴海とはどんな所なのか? その歴史から探検をはじめましょう!

●晴海は昭和初期につくられた人口島

 東京駅から約3km、銀座から約2kmと、都心からとても近い場所にある晴海は、明治時代からの埋め立て事業で誕生した隅田川河口の人口島のひとつです。「そんな埋立地に歴史なんてあるの?」とお思いになるかもしれませんが、晴海は激動の日本を見てきた土地のひとつなんです。
 その昔、隅田川は洪水のたびに大量の土砂を押し出し、江戸湊 (東京湾) を次第に遠浅の海にしていました。しかし、明治に入って汽船による物資の運搬が盛んに行われるようになると、大型の外国船を湾奥に導きいれるために、その土砂をさらわなくてはならないことになったのです。また、横浜港同様の国際貿易港を東京湾にも作ろうという動きが活発化し、土砂を利用した埋立地工事がスタートしました。
 明治・大正期の月島、新佃島、勝どきに続き、昭和6年に晴海が誕生。いわば、世界の文化を受け入れ、日本の文化を発信する場として生まれた人工島のひとつ、それが晴海だったのです。

●幻となった東京万博~海の玄関へ


 その後、建国2600年を記念して、昭和15年にオリンピック東京大会と万国博覧会の開催が予定され、晴海は万博のメイン会場のひとつとして利用されることになりました。
 ところが戦争へと走り始めたことにより、晴海の受難の時代が到来します。この国家的イベントの中止が決定。晴海の万博用の建物は、傷病兵を収容する陸軍病院として使用されることになります。
 幸いにも空襲の被害を免れたものの、終戦後の晴海はGHQ (連合国軍総司令部) に接収され、無線受信基地などに利用されました。
 晴海が大きく変化してゆくのは、昭和30年代に入ってからです。接収地がアメリカ軍より解除されると、東京都は晴海埠頭を建築。セメント・水産物・製粉などを輸出入する公共雑貨埠頭として開放されました。また国際展示場を建設し、国際見本市や、モーターショーをはじめ様々なイベントを開催。晴海は物資や技術・文化が行き交う、東京の「海の玄関」としてついに活躍しはじめるのです。
 さらに、住宅不足打開のために、集合住宅 (いわゆる団地) 建設が全国的に盛んになる中、晴海にも高層住宅団地が建てられました。当時は「銀座に近く海が見える住まい」として、憧れの的となりました。働く・住まう・文化行き交う街として晴海は着実に歴史を積み重ねはじめたのです。
晴海トリトンスクエア全景

●再開発を地権者の手で


 時を経て、1980年代に入ると、産業構造の変化や既存建物の老朽化が言われるようになり、再開発の声が聞こえてくるようになりした。晴海も生まれ変わらなければならない時代を迎えたのです。
 街の再開発計画は地方公共団体が実施することが通常。ところが、晴海の一丁目地区では、地権者自らが新しい街づくりに着手。晴海の魅力を生かしながら、新たな複合都市を作ろうと立ち上がったのです。これが、「働く・遊ぶ・暮らす」という3つの機能が調和した「晴海アイランド トリトンスクエア」の歴史の始まりです。

●晴海トリトンスクエアってどんな場所?


 完成までのドラマは、次の機会にゆずり、現在の晴海トリトンスクエアの概要を紹介しましょう。
 まず目に飛び込んでくるのは3つの超高層オフィスビル、トリプルタワーです。このトリプルタワーを中心に、最先端のビジネス環境を備えたオフィス街が広がり、約2万人の人が働いています。
 面白いのは、このトリプルタワーが、上部に架けられたブリッジでまるでスクラムを組むようにつながっていること。これは、強風で生じるビルの揺れを最小限に抑えるために、超高層ビルでは世界で初めて採用された「連結制振ブリッジ」。この他にも省エネ対策など環境に配慮された先進技術を備えています。
 これだけなら、「先進の超高層オフィス街」というイメージですが、晴海トリトンスクエアはちょっと違います。街の中心には、「花」「緑」「水」をテーマにした3つのテラスがあり、四季の移ろいを楽しむことが出来るんです。季節ごとに鮮やかに咲き誇る草花は、なんと530種以上。水のテラスには、高さ7メートルの滝まであります。そんな豊かな自然の隣には、ショッピング施設やレストラン街。そして、およそ5000人の人が暮らす居住ゾーンもあります。
 
 まだまだ新しい街かもしれません。しかし街は人と時間がつくりあげてゆくもの。街の誕生から5年。テラスの緑も豊かに育ちました。人のぬくもりが感じられるようになってきました。晴海は激動の時代を経て、ひとつひとつ新たな歴史を刻みながら、今すくすくと成長している真っ最中なのです。
連結制振ブリッジ
緑のテラス
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