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子供部屋から飛び出した「フロアデスク」 - 木下 庸子 (一級建築士)
第 55 回
子供部屋から飛び出した
「フロアデスク」
木下 庸子 (一級建築士)
戦後わが国に普及したnLDKスタイルの住まいは「n」という数字で個室の数が表現されたが、この時代の住まいづくりの課題のひとつがまさに個室の確保にあった。子供にもできる限り子供部屋を与えてやり、大人同様にひとりの個人としての人権を尊重するというのが、戦後欧米にならって民主主義の道を歩み出したわが国にふさわしい住宅のあり方として捉えられたのである。しかし近年、壁で囲われ扉で閉ざされた個室のあり方は問われ始めている。密室であるが故に誰の目にもふれずに少女の監禁の場となったり殺害後の遺体の放置場所となったりする個室の姿は、これ以上無視してはおけない社会の問題となりつつあるのが現状だ。
IS
1
住宅の設計を通して個室についてあれこれと考察する一方で自分の海外の経験などとも照らし合わせているうちに、個室の考え方に日本と欧米で根本的な相違があることに気付かされた。それは「扉」という個室の出入り口が持つ意味である。例えば、日本の家庭を訪れると多くの場合、子供が部屋の内部にいるときには扉は閉められているのが通例であろう。ところが欧米の知人宅に呼ばれると、子供が中にいてもほとんどの場合部屋の扉は開いており、子供の名前を聞いて挨拶するのが一般的なのである。そういえば、自分の学生時代のアメリカでの寮生活を振り返ってみて思い出したのは、自室のドアの扉を少し開けておくことで廊下を通りがかるハウスメートに「時間があるならちょっと寄って」というサインであったということである。逆に完全に閉まっているときはあまり干渉しないでほしいという意思表示でもあった。個室の扉は中に入れば通常閉めるものというのが日本の考え方であるのに対し、個室の扉は必要なときだけ閉めるものというのが欧米の考え方の基本にあるということに気付いたのである。とはいえ、扉に対する考え方やそれを使用する習慣の違いは頭で理解し意識によって変えようとしても、そう簡単にはいかないのが実情であろう。扉の開閉以外に子供室をもう少し家族の生活空間に関連づける方法はないかと考えた。以下に紹介する事例は、私たちが家づくりにおいて子供部屋と家族全体の生活空間との関係をどのようにつくるかを模索した結果到達したいくつかの解である。
写真はクリックすると拡大します。
「IS」という住宅は仕事を持つ夫婦と二人の子供のための住まいである。ここでは多忙なカップルが家族の存在を意識できるような空間をどう実現できるか-限られた時間の中でいかに二人の子供とともに過ごす場所をつくるかということが重点的に検討された。その結果、第二のリビングとして機能しながら年少の子供たちが自由に過ごせる場を2階に設け家族室と呼ぶこととした。各個室は全て、広い廊下のような家族室に接しており、家族室を経由してアプローチする。1階の主たる生活空間であるLDKとは、住宅の断面がスキップフロアのような構成になっているので視覚的に連続性を持っており、1階の生活空間、中2階の家族室、2階の各個室とが開放的でひとつながりとなっている。
スキップフロアの空間的特徴を生かして家族室と個室の床には70cmの段差が設けられた。そしてその段差を利用して個室の床とひとつづきの作業机が提案された。個室の床は天然リノリュームで仕上げられており、これはそのままデスクトップの仕上げ材として機能する。子供の学習机も夫妻のデスクもそれぞれの個室から家族室に張り出している。これを見た知人の外国人の建築家は「フロアデスク」と名づけてくれたが、フロアデスクが個室から飛び出たことで、家族室が家族全員の仕事場としても、またいこいの場としても機能することとなった。言い換えれば、この家では就寝の目的以外には個室に閉じこもる必要はないのである。
「KK」は都市の狭小敷地に建つ住宅だが、このような条件のもとに建てられる住宅は積層されたマルチフロアの計画になることを余儀なくされる。クライアントは夫婦と子供一人の三人家族であったが、家族からの要望を整理する中で至った提案は中3階を持つ3½階の都市型住宅であった。この住宅での家族の生活は、基本的に最上階である3階の日常生活空間と2階の就寝ゾーンとで展開されるのだが、このような限定された都市居住空間の中で家族の距離感をどのように考えるかがここでの重要なテーマとなった。家族が互いの気配を感じながらも互いを束縛することのない、近すぎず、また遠すぎない関係を実現するために3階の生活空間と2階のプライベート空間との間に中3階が挿入され、スタディコーナーとして機能する。 中3階の床は3階の床から70cm下げられており、3階の床の延長がそのままスタディコーナーのデスクカウンターとなるように断面が設定された。ここでも3階の床は天然リノリュームで仕上げられており、これがそのままスタディコーナーのデスクマットとなる。中3階は3階の生活空間の一部として存在するとともに2階のプライベートゾーンの延長としても機能する。子供部屋である2階のベッドルーム2とスタディコーナーははしごでアクセスでき、はしごは更に3階へと延長されている。この住宅は、2階、中3階、3階とつながっているので、どの部屋も完全に個室化されることがないのである。
一級建築士
1956年 東京都生まれ、1977年 スタンフォード大学卒業、1980年 ハーバード大学デザイン学部大学院修了、1981~1984年 内井昭蔵建築設計事務所、1987年 設計組織 ADH 設立、2005年~2007年3月 UR都市機構 都市デザインチームチームリーダー、現在 工学院大学教授。主な作品:NT(1999)、白石市営鷹巣第2住宅 シルバーハウジング(2003)、アパートメンツ東雲キャナルコート(2005)。主な著書:「孤の集住体」(共著、住まいの図書館出版局、1998)、「集合住宅をユニットから考える」(共著、新建築社、2006)。
設計組織 ADH
協力:
(社) 東京建築士会
IS
2.個室と同じ天然リノリウムの素材で仕上られたフロアデスク
KK
3.ダイニングの床がそのまま机となったフロアデスク
4.はしごで下階の個室と繋がったスタディーコーナー
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坂口 裕康
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