長い納戸
マンションの構造上、この手のLDK内には自然光の明暗の差が必ず生まれます。中でも廊下は光の入らない場所をあてがわれ、面積も切り詰められるのが常です。一方、夫婦二人暮しの生活はお互いのプライバシーが緩いため、個室+廊下形式である必要はありません。
そこで廊下を「引き伸ばされた部屋」として考えました。光は入りにくいが物を置ける部屋、つまり納戸です。玄関から入ってまずこの暗い納戸を通り抜け、そのあとに光に満たされた各部屋にたどり着く、という構成にしました。
具体的には、LDKなどの各室は天井と梁を直接見せて白く塗装し、視点の拠りどころとして家具(ベンチやテーブル)を作りました。もともと窓が大きく眺望も絶景なので、ここは光溢れる明るい空間です。一方「長い納戸」では、暗さを逆手にとって魅力的な場所とするために、次の二つのことを試みました。

スケールと見えにくさ
一つは「スケールを小さくすること」です。ここで言うスケールとは空間のサイズだけでなく、「連想する物の肌理(きめ)の細かさ」も意味しています。例えば日本の古い民家の納戸は壁・床・建具が同じ素材(木板)であることが多いので、まるで一つの大きな家具の中に居るように感じられます。また納戸は寝室でもあったので、布団を敷いたり、古くはワラを敷き詰めたりしました。そういった家具の肌理細かさ・布やワラの柔らかさを連想し、躯体とは違うスケール感を感じ取る力を、私達の身体は持っています。触感のある織物クロスや米松の壁に嵌め込まれた木扉・透かし彫りの施された建具などは、この連想を引き起こすために長い納戸の中に配置されています。
二つ目は「見えにくくすること」です。空間を暗くすることで物の輪郭はあいまいになり、物質感だけが強調されます。闇に沈んだ黒紫色の壁・切り取られた障子の光・ぼんやり浮かぶ唐草柄など、本来は見慣れているはずの物に何度も目を凝らしてしまいます。
また分岐と折れ曲がりを繰り返す長い納戸なので、見通しの効かない次の場所を予測し選択することを、たえず強いられます。
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写真左:切り取られた障子の光
写真中:壁の重なりと透かし彫り建具 |
2つの時間
このような「スケールの小ささ」も「見えにくさ」も、共に身体にプレッシャーを与えるという同じ効果があります。かすかなプレッシャーの繰り返しが日常の動きに少しだけブレーキを掛け、時間の感覚を遅めます。つまり「長い納戸」とそれ以外の場所では、別の時間の流れを持つことになるのです。
子供のころ、家の中には何となく行きづらい場所がありませんでしたか?お父さんの書斎、客間の和室など、普段足を踏み入れない部屋には何か特別な空気がありました。そこに置かれている本やたんすにさえ、時の流れが止まっているかのような不思議な感じを受けたものです。今思えば、住まいの中に2つの異なる時間が存在していたことが、日々の生活やその記憶を豊かなものにしてくれていたのだと思います。
現代の「ワンルーム化」は住み手に自由と開放感を与える反面、ある種の均質さを生み出してきました。どんなに空間を変形し、床レベルを複雑に構成し、色んな仕上材を駆使しても、その均質感は免れません。
住まいの中に2つの時間を内包すること。それが気付かぬうちに暮らしの中に多様性をもたらす・・・。LDKにはそんな可能性がまだまだ秘められていると思います。
◎写真:鳥村鋼一 |