- 第 86 回
住まいと漫画の似ている話
冨永 祥子
漫画のもつ空間性
前回はちょっとお堅い内容だったので、今回はぐっと柔らかいお話をしたいと思います。
私は建築設計が専門ですが、絵を描くのも大好きで、時間のあるときに漫画のような鉛筆画をせっせと描きためています。
何ゆえに漫画なのか?それは建築空間と漫画のもつ空間性がとても似ており、相性がよいからです。そこで今回は、住まいと漫画について思うところをお話ししましょう。キーワードは「見えない支配力」と「抽象化」です。
見えない支配力
漫画には「コマ割」があります。建築における「全体構成」とか「構造」のようなものですが、この「コマ割」の力によって、私達は知らぬ間に漫画の中の時間や空間の感じ方をコントロールされています。例えば(図1)の3枚の絵。これは各々別々に描いた関係のない絵ですが、こうやって並べられると、私達は無意識のうちにこの3枚につながりを見出そうとします。そして一つのまとまったイメージを勝手に作り上げてしまいます。
実は住まいも同じで、今見えている部屋だけでなく、その直前に見た風景・見えないけれど聞こえてくる音・気配・におい・・・といった色んな情報を一気にとらえることで、住まいの空間体験が記憶されるわけです。
もう一つ、漫画特有の形式として「見開きのページ全体にコマを並べる」というスタイルがありますが、これの面白いところは、一目で全体を把握してざっくりストーリーを掴むこともできるし、部分をクローズアップして堪能することもできる、というところ。さらにページを飛ばして先を見たり、うしろに戻ったりすることも可能です。つまり読者の好きなように時間と空間を圧縮・引き伸ばしできるわけですが、実は住まいはこれにとても近い構造を持っていると言えます。室内の様子と窓の外の景色を同時に見ることもできるし、好きな場所を好きな順にあちこち廻ることもできるし、一つの部屋にじっとしていることもできるし・・・。その空間体験は自由で無数です。こうして人それぞれの住まいの物語ができていきます。

- 図1
抽象化
写真の人物を見ても何とも思わないのに、それが漫画になると誰かに似ているような気がすることはありませんか?これはひとえに抽象化の効果です。抽象化は物事をぐっと身近なものにしてくれます。例えば(図2)は日本家屋のワンシーンを描いたものですが、実際にこれと同じつくりの家に住んでいたわけではなくても、その風景をどこか懐かしく思い出すことができます。つまり絵にする過程で対象が抽象化されているからこそ、他人とイメージを共有しやすくなるのです。逆を言えばどんなシンプルな空間を見てもそこから多様なイメージを連想できるわけで、これもまた抽象化のなせるワザと言えます。
そしてもう一つ、抽象化の特徴として「2.5次元を表現できる」という点があります。平面なのに奥行きがある(図3)とか、静止画なのに動きを感じる(図4)とか。2次元と3次元の間を行ったり来たりするときに臨場感が生まれ、そこに何ともいえない心地よさを感じるのだと思います。では住まいはどうでしょうか?言うまでもなく空間は3次元ですが、実は頭の中にある住まいの全体像は「シーンの断片(=2次元)の集合体」です。2次元の集合体を3次元として体感する時にこそ建築の快感があり、同じ住まいでも暮らす人によって様々なイメージを持てるような、そんな豊かさが生み出されるわけです。
2次元と3次元のあいだ
建築は専門的な知識がなければ今ひとつ良し悪しがわからない、という方も多いと思います。でも実は漫画に似た構造を持ち、その漫画は大人も子供も読みこなせる身近な媒体であることを考えると、建築の空間を理解することがもっと面白く思えてきませんか?
今の私にとっては、建築と漫画の二つを並行して実践することが、2次元と3次元のあいだをより深く考えるための大事なトレーニングとなっています。 |