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第 98 回

【住まいと街】

-建物を大切にする仕組み-(2)

一級建築士事務所K-keikac
野上 恵子

 私たちが生活する環境は、ひとつの建物でできているのではなく、街と連続して一体となっています。建物が長く大切に使われるためには、建物自体の性能だけでなく、まわりの環境の良し悪しも、その価値を決める大きな要因となります。また、使い方や持ち主が変わり、社会や街の状況の変化に合わせて建物の用途が変わることも起こります。こうしたさまざまな変化を受け入れつつ、建物と環境のクオリティをマネジメントする仕組みについて、今回はオランダのアムステルダムを例にご紹介します。

ゆがみも歴史

運河沿いのゆがんだ建物
運河沿いのゆがんだ建物

 アムステルダムの街は、運河沿いに広がる歴史的中心街の景観が有名です。それらの建物はオランダ全盛期である17世紀の商人たちの町屋ですが、現在ではほとんどすべてが保存指定されています。改修の際には、日本では考えられないことですが、地盤沈下によってゆがんでしまった壁面もそのまま残します。「歴史の痕跡は残す」のが保存の意義なのです。

最適再利用の精神

改修中の17世紀の倉庫
改修中の17世紀の倉庫

 中心街のこうした建物は観光名所であるだけでなく、世界中の人が住みたがるエリアであり、重要な社会資産です。外観こそ保存されていますが、内側では用途が様々に変化しています。たとえば、こちらは典型的な運河沿いの17世紀の倉庫建築ですが、賃貸住宅、オフィス、オーナー住居と変遷しています。

湾岸の産業倉庫
湾岸の産業倉庫

 一方こちらは湾岸にある産業倉庫で19世紀の建物です。産業構造が変わったために長らく空き家となっていたところをアーティストたちが占拠し(市民による抗議活動が活発なヨーロッパでは、今日でも建物の占拠が合法的に行われます。)、やがて自治体がそれを認めて(これも日本では想像しにくいことですが、自治体も柔軟、言いかえれば合理的なのです。)、現在はアーティストの財団によって運営されています。『もったいない精神』に通じる、建築資産の「最適再利用」といえるでしょう。

アーカイヴと情報公開

アムステルダム市アーカイヴ
アムステルダム市アーカイヴ
新たに設けられた開口
新たに設けられた開口

 ところで、建物の情報はアムステルダムでは永久保存されており、記録は17世紀にまでさかのぼります。それらを保管しているのがこちらの市のアーカイヴ(図書館)。これも最適再利用の好例で、もとは銀行の本社ビルでした。国指定の文化財でもあります。興味深いのは、改修の際に外壁に大開口が開けられたことです。閉鎖的な銀行の建物を市民に開放するための建築家による提案でしたが、市長の決断によって文化財の保護よりも外壁に穴をあけることが優先されたのです。ここに蓄積される建物情報はインターネットで公開されており、誰でもアクセスできます。

*
建築センター
建築センター

 街づくりに関わる情報は『建築センター』で発信されます。このセンターもまた、中心街のもと教会だった建物に入っています。一見大胆に見えるプロジェクトも、緻密な計画のもとに市民のコンセンサス(※1)を最大限に意識したプロセスで運営されます。こうした姿勢はさまざまな試行錯誤の上に成り立っています。80年代の大規模開発に反発する市民による激しい暴動、40年もたたずに解体を余儀なくされた巨大な団地もありました。それらの失敗や危機を乗り越えて成熟している街の姿には、さわやかなエネルギーを感じます。

※1【コンセンサス】
意見の一致。合意

古くて新しいモデル

奥野ビル
奥野ビル

 アムステルダムではまた、新しいビジネスモデルの開発も行われています。「ソリッド」と呼ばれるそのモデルは、スケルトン・インフィル(※2)の考え方でつくられ、建物の外殻を所有者がメンテナンスし、内側はテナントが自由につくりかえます。このモデルの大きな特徴はテナントの用途を限定しない点です。オフィスでも住居でも店舗でも保育園でもよい。これは都市計画上の用途規定に触れるものですから、「ソリッド」も自治体の柔軟な姿勢がなければ実現不可能なのです。

「ソリッド」のプロジェクトの説明を受けたとき、私の頭に浮かんだ建物がありました。奥野ビルという銀座にある古いビルです。ソリッドがモデルとしたという建物に似ているのです。さまざまな用途のテナントがはいり、大事に元気に使われ続ける古い建物。その細部には、建設当初の思い入れが感じられる、味わい深い素材と美しいディテールが今も息づいています。

※2【スケルトン・インフィル】
建物を耐用年数の長い構造部分と可変性の高い内装・設備に分けて計画すること

プロフィール

野上 恵子(一級建築士)

一級建築士事務所K-keikac 代表、一級建築士、東京建築士会会員 東京工芸大学非常勤講師、関東学院大学非常勤講師、武蔵野美術大学非常勤講師

1967年大阪生まれ。1990年東京大学工学部建築学科卒業。1992年東京大学大学院修士課程修了。1992-1998年東京大学工学部建築計画室室員・建築学科助手。2000-2001年マッシミリアーノ・フクサス建築設計事務所(ローマ)。2001-2005年ケヴィン・ウォルツのアシスタント(ローマ)。2006年-一級建築士事務所K-keikac代表

[主な著作] 
「大学の空間」(1996年、SD別冊28) 共著、「フランク・ロイド・ライト全作品」(1999年、丸善出版事業部) 共同翻訳、都市再生研究所平成20年度長寿命住宅海外調査報告書、「建築の『かたち』と『デザイン』」(2009年、鹿島出版会) 共同執筆

◎資料提供「都市再生研究所」

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