- 第 101 回
木の家は、心と適材適所で、美しく
福井 紳一郎
私は、今年創業101年目になる材木屋をやっている。以前は金融機関でカネの世界にどっぷり浸かっていた。そんな空疎な世界とは180度違う木材の世界で、今は、木の魅力にはまって、充実した毎日だ(カネ儲けとはおよそ縁遠いけれども)。それはやはり、木が生物資源だからだと思う。木には、日本人の琴線を呼び覚ます何かがある。“木の家”って、ほんとにいいものだ。
家は、マンションと同じように買う時代になりつつあると言われる。ネットで家を買う人も少なくないらしい。家を建てる場合でも、標準タイプから間取りを選び、色やオプションを注文するやり方だ。住宅の供給側の誘導で家を選んでいるのだ。しかし、実際にアンケートをとってみると、圧倒的多数が木の家に住みたいと願っているという事実がある。この違いをどう捉えたらよいのだろうか。結局、木の家を建てたいと思っても誰に相談すればよいのかわからない、街の工務店に飛び込むのも不安、というのが多くの消費者の悩みなのだ。
私は、10年ほど前から、木の産地と消費者をつなぐ語り部になろうと活動してきた。どこの産地から来た木なのか、その木が誰のお宅に使われていくのか、それを産地と消費者がお互いに顔が見えるようにすることだ。これから家を建てるご家族といっしょに森に行き、木の伐採を見学して、農家に民泊して、採れたて野菜で作ったおいしい料理を堪能して帰ってくる。都会に戻る頃にはみんな優しい目になっている。
そして数ヵ月後、私の知り合いの設計者や工務店と家を建てるとき、先に訪問した産地から木が運ばれて来る。完成したときには、産地の人がお祝いに立派な感謝状を持って駆けつけてくれる。木は、家に用いられると基本的に生涯変わらず家庭を見守っていく、だからこそ、私はそういう関係が大切なんじゃないかと思っている。木を売るだけならばこんな遠回りなことは要らない。
日本では1年間に約88百万m³の木材が使われている。しかしその80%近くが外材で占められている。これまでは様々な理由から国産材は使われて来なかったが、世界的な資源インフレもあって、いま、国産材が競争力を回復しつつある。品質も供給力も問題ない。だから、これから家を建てようとする消費者自身から、国産材を指定してもらえればと思う。
もうひとつ、木の家について大切だと思うことがある。木を適材適所に、美しく使うことだ。ひとことで“木の家”と言っても定義がある訳ではない。だが、欧州から輸入された集成材(板を接着剤で張り合わせた材料)を大きな金物で接合させた住宅を木の家と呼ぶことには、違和感を感じる。またログハウスは、確かに木で出来た家だが、やはり何かが違うと感じる。木が多ければよいというものではないだろう。
人それぞれで受け止め方が違っても良いわけだが、あえて私としては、構造体が木材であることと、住まい手が毎日触る床や壁などの内装に“適材適所”でムクの木が貼られていることを“木の家”と定義したい。適材適所は、もともとは伝統的な建築現場で木の特質を見て使い分けていたことから来た熟語だ。木は種類によっても、生育した場所や気候風土によっても、一本一本が違う。軽くて柔らかい木、重くて堅い木、時の変化とともに茜色に変わっていく木、あるいは真直ぐで構造材に適した木、家具に適した木、内装に適した木など、千差万別だ。それゆえに、寝室や赤ちゃんの部屋には暖かい木の、居間には堅めの木の、浴室には湿気に強い木の、それぞれ床材や壁材を、適材適所に使うのが道理だろう。
素材としての木は素晴らしい。そして木は、デザインでもっと活きる。デザインもまた、木とのコラボレーションで際立って来るものだ。現代の木の家は、壁や空間とのバランス、壁の色や建具との調和など美しくなければならない。木の特性を引き出す力量を持った設計者との出会いが大切だ。そうした設計者や工務店を紹介し、住まい手の生活スタイルに合わせた適材適所の木を提案するのが、私が目指す材木屋家業だ。
★福井木材株式会社 |