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Housing Column ハウジングコラム

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第 14 回
 住まいのヒミツ
【台所タイムスリップ (3)】
― 明治・夏目漱石と大隈重信の台所 ―


●“我が輩は猫である”の舞台は
明治後半の一般家屋

 今回も、台所の歴史を楽しみながら探検していきましょう。前々回の平安、前回の近世に続き、今度は文明開化の波が全国的に浸透してきた明治後半へタイムスリップです。文明開化の波は、庶民の台所も劇的に変化させたのでしょうか?
 まずここで、かの有名な夏目漱石の小説「我が輩は猫である」を思い出してください。ご存知のとおり、我が輩--は、たまたま迷い込んできた猫の目を通して、教師である「珍野苦沙弥」氏一家の日常生活が面白おかしく語られる小説。その舞台となる家は、漱石一家が明治36年から39年まで住んでいた実際の借家をモデルにしており、漱石自身も英語の教師をしていました。(その前は森鴎外が住んでいた。現在は明治村に移築され、公開されている) 家はその規模から見ても、当時の中流サラリーマンが住んだ一般的な借家のつくりであると言われています。
 何を隠そうこの「我が輩」猫は、台所からこの家に迷い込み、女中のおさんに首筋をつかまれ何度も放り出されるも、主人の「置いてやれ」の一言で、この家の住人になるのです。小説中には、子供は“へっつい”の中に我が輩を閉じ込めたりするからたまらないとか、主人が残した雑煮をこっそり台所で食べてみたら、餅が歯にはさまり、それをとらんがためにもがく様をみつかり「猫が踊っている」と笑われたりと、度々台所のシーンが登場します。我が輩がビールを飲んで酔っ払ってしまい、水瓶に落ちてしまうラストシーンも台所が舞台でした。
 さて、ここで注意すべきは、“へっつい”とは竈(かまど)をさす言葉であること、また水瓶が置かれていたことです。すなわち、当時の中流家庭では、まだ竈や七輪が主流であり、水は井戸で汲み、水瓶に入れて使っていた、ということです。では、当時の台所はどんな感じだったのか…。この小説で、最も詳細な台所描写が施されている場面に入ってみましょう!

●我が輩が名誉をかけて鼠と戦った台所

 それは、“我が輩”が、「鼠もとれない猫」という不名誉なる評判に対し、手柄をたてて家の者を驚かせてやろうというくだり。戦いに勝つためには戦場を見廻り、地形を飲み込んでおく必要があると思った我が輩が、詳細に台所を観察します。
 
 『戦闘場は勿論余り広かろう筈がない。畳数にして四畳敷もあろうか、その一畳を仕切って半分は流し、半分は酒屋八百屋の御用を聞く土間である。(「我が輩は猫である」より)』
 
 これに続いて、台所はランプで明るくないことや、食器類を入れる戸棚、吊り棚、また小桶やすり鉢が仰向けに置かれ、火消し壷や水瓶が置かれていること、猫に食べ物をとられぬよう、食物を入れた籠が上から吊るされていて「人間は意地が悪い」などと語ります。ちなみに、台所の床は揚げ板になっていて、今で言えば床下収納になっていました。ここにしまわれていたのは燃料である炭。女中のおさんがそれを1本つかみ出し、七輪の角で叩いて三つに砕き、七輪の中に押し込むが、炭のかけらが味噌汁の中に飛び散るのをおさんは全然気にしないなんていうシーンもあります。
 鼠との壮絶なる戦いの結果は本編を読み返して楽しんでいただきたいと思いますが、このように当時の一般家庭の台所は北側の隅に追いやられ、狭くて暗く、文明開化には程遠いものでした。公共施設には洋式建築が取り入れられたものの、ガス・水道はまだ完備しておらず、中流家庭においては・使用人が使うところ・・他人には見せないところ・として台所はあまり近代化していなかったのです。
 ところが、この「我が輩--」の文中にも登場するある有名人の家の台所が、庶民の憧れとなり、台所発展のきっかけとなっていくのです。それが、「断然西洋式」と呼ばれた大隈重信邸の台所です。

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●当時のベストセラー「食道楽」に掲載された大隈邸の台所

 我が輩が近隣の金持ちの家に忍び込み『さすがに勝手は広い。(中略)大隈伯の勝手に劣るまいと思う位整然とぴかぴかしている』と感想をのべるシーンがあります。実は当時ベストセラーとなったグルメ本がありました。その名も「食道楽」。これは、様々な西洋料理が入ってきた当時、家庭でもその作り方を真似できるよう小説形式で解説した本で、カレーの作り方やまだ日本では手に入らない食材の代替品などわかりやすく紹介し、大評判となったものです。今で言う人気料理マンガといった感じでしょうか。そこで挿絵つきで紹介された大隈重信(政治家・早稲田大学創始者)邸の西洋式台所が話題となり、新聞でも紹介され、庶民の憧れの的となったのです。我が輩はそれを例に出したのです。

●英国直輸入のガス竈とストーブ&水道完備

 大隈邸の台所は、大勢の接客と和食はもちろん洋食の料理を出すことが出来、火災の心配のない台所でした。そのために燃料として採用されたのが瓦斯(ガス)です。大隈邸台所にはガス竈を3基そなえた、英国直輸入のガスクッキングストーブが配備されており、当時の上流社会の「模範勝手」(模範的な台所)と呼ばれたのです。まだ水瓶も併用していましたが水道も完備されていました。
 紹介文の概要は以下のような感じ。
 
 “この台所の便利なところは、竈にもストープにもガスを用いたことです。ガスは薪や炭のように置き場所や煙突もいらず、鍋釜の底が煤で汚れることもありません。急ぐときも、マッチ1本で簡単!
 火力も均等なので、炒め物も煮物も慣れれば失敗なし! しかも費用は薪や炭より断然安い! 安くて簡単で清潔なのです。これなら和洋の料理も自由自在。文明生活をしたいなら、断然文明の台所”
 
 なにやらテレビショッピングのようなべた褒めぶりですが、庶民の台所の意識革命には充分な効果がありました。当然、当時の庶民には手の届かない設備でしたが、「いつかは」という思いを抱かせ、昭和にかけてガス・水道が普及していく土壌をつくりあげていったのです。
 ちなみに、大隈重信がこの台所を導入したきっかけは、以前の台所が竈の火によって火災をおこし、手痛い目にあったからだとか。紹介された大隈邸台所の錦絵には、かまどを祭る「荒神」(防火の神様)の神棚も描かれています。最新式の導入は「安全」という意味も大きかったんでしょうね。
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