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Housing Column ハウジングコラム

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第 27 回
 住まいのヒミツ
【あかりタイムスリップ (2)】

 前回に引き続き、今や暮らしには欠かせない「あかり (照明)」の歴史をタイムスリップ。室町あたりから出発し、一気に江戸時代へとまいりましょう。

●中世日本で登場した和蝋燭と行灯
 実は、日本のあかり文化という視点で奈良・平安といった“中世”を見ても、あまり大きな発展はありません。相変わらず篝火や油脂・魚油を油皿に入れ灯心であかりを灯す油火がメイン。ただし、近世への転換期であった室町時代に、それまで中国からの輸入品に頼っていたあるものが、日本でも生産されるようになります。“和蝋燭 (日本製ろうそく)”です。唐来ものの特別な灯火であった蝋燭が、日本でも漆 (うるし) や黄櫨 (はぜ) の実から蝋が採取されるようになったことから、新たな光源として注目されはじめたのです。それでもまだまだ高価。そこでより明るく便利な“あかり”を求めて生み出されたものがあります。それが「行灯 (あんどん)」でした。

●江戸時代に普及した「行灯」。もとは携帯用

 木や竹でできた枠を和紙で覆い、中に油火を入れ火袋のようにし、紙が炎の光りを拡散することで、より広く照らし出す「行灯」。この日本情緒あふれる“あかり”は、風で消えることも少なく、持ち運びも出来てとっても便利。室町から時を経て、町人文化が華開く江戸時代ともなると「部屋あかり」として大いに普及するのです。
 「行灯」は当初、文字通り歩行する際に携帯する灯火で、松明 (たいまつ) に替わるものでした。これが「部屋あかり」として使われるようになったのは、後程紹介する蝋燭仕様の便利な「提灯」の登場 (蝋燭ゆえに油がこぼれない) で、携行用“あかり”としての活躍の場を失ったからと言われています。もちろんそれだけではありません。江戸も中期となると社会も安定し、人々の仕事や暮らしの中で夜の時間を必要とすることも多くなり、部屋から部屋へと持ち運べる便利な「部屋あかり」が求められていたのです。さらに、幕藩体制の元、菜種を中心とした種油の生産が奨励され、「行灯」は江戸の夜を演出する道具として、あらゆる階層の人々から親しまれるようになったのです。それゆえ江戸時代には様々な種類の行灯が創りだされました。

●住まいの文化となった「行灯」のいろいろ

 例えば、枠組みすべてを鉄で仕上げた優美で力強い行灯などは武家向きの“あかり”として。朱塗りの丸い行灯などは、茶屋か料亭のような華やいだ場所によく似合います。木目の美しさを生かして薄く漆をかけた品のいい角形の行灯などは、さしずめ商家の座敷にふさわしいかもしれません。まさしく行灯は“あかり”を住まいの文化に昇華させたひとつなのです。 その代表的な種類をいくつかご紹介しましょう。
 置き行灯
鉄枠や木製の枠など、火袋を包む枠の材質は多種多様。また火袋も角形、丸形と様々。中でも、普段は台箱にのせて使い、就寝時に透かし窓の開いたその台箱に入れて、終夜あかりを枕元に漏らす「有明行灯」は秀逸。“夜が明けてもなお月が残る=有明の月”のイメージから命名された。
 掛け行灯
廊下、軒下にかけたり、置いたりしたもの。角形、丸形など多種多様。
 吊り行灯
人々が集まる“湯屋”や“料理屋”などの天井につられた傘形の行灯。現在の照明用の傘同様に反射力が強く、置き行灯とは比較にならない明るさを八方に及ぼす事が出来る。それゆえ八方または八間 (はっけん) 行灯と呼ばれた。

●折り畳み自在の提灯の登場

 和蝋燭の普及もあり、行灯に替わって屋外用あかりとして誕生したのが、ご存じ「提灯 (ちょうちん)」です。行灯では油がこぼれぬよう歩くスピードでしか“あかり“を持ち運べませんが、蝋燭ならその心配はありません。さらに消したあとも携帯に便利。もちろん松明のような裸火の危険性も少ないので、屋外用の“あかり”として普及するのは当然でした。
 一般的なそれが登場したのは、室町時代の織田、豊臣の時代と言われています。当初のものは「籠ちょうちん」というもので、円筒形の竹籠に紙を張り、風から蝋燭の火を守って持ち歩くようにしたものでした。これをさらに改良するうちに、竹ひごによる伸縮自在の便利な提灯が生み出されたのです。
 江戸時代に入り、蝋燭の生産量が増すと、提灯の用途はにわかに広がっていきます。道行く人の足もとを照らし、商家の軒を明るく照らし、祭礼のあかりとしても、街角に趣を添えました。
 また提灯は“あかり”であると同時に、夜間における「身分」「立場」を表す表示の道具でもありました。大概の提灯には、定紋や屋号が明瞭に書かれ、闇夜の中でもそれとわかるようになっていたのです。
 江戸のあかりの発展は、まさに、室内の「行灯」と、屋外の「提灯」によってもたらされたと言っても過言ではないでしょう。
 
 次回は、“あかり”文化が華開いた江戸期に生み出された、科学的な灯火器と、文明開化の“あかり”を紹介します!

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