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第 34 回 住まいのヒミツ
【屋根タイムスリップ (5)】
屋根の雑学を探検していて、日本家屋の象徴のひとつである「瓦屋根」を見過ごすわけにはまいりません。専門用語ナットクコラムの屋根・屋根材の回でも、少しご紹介しましたが、まずは、日本初の瓦屋根からタイムスリップです! |
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●日本初の瓦屋根と瓦博士 時は、聖徳太子が活躍した飛鳥時代。仏教の伝来と同時に、「瓦屋根」の技術もやはり大陸から伝えられました。日本ではじめての瓦葺きの建物は、蘇我の氏寺として建設された法興寺 (飛鳥寺) だとされています。この時、蘇我氏は、4人の「瓦博士」を百済 (朝鮮) から呼び寄せ、法興寺の建設にあたらせました。「瓦博士」とは、屋根材とする瓦を製造し、これを葺く技術者のこと。様々な種類の瓦を焼き、それを組み合わせて美しい屋根をつくりあげるには、「博士」と呼ばれるほどの熟練者でなければ出来なかったのです。 |
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●重厚感いっぱいの本瓦葺きは瓦の種類もいっぱい! ここで瓦屋根の葺き方の基本をご紹介しておきましょう。元々日本に伝わってきた瓦葺は、平瓦と呼ばれる小さな“反り”のついた四角い瓦と、丸瓦と呼ばれる円筒を半分に切った形の瓦を組み合わせて葺く方法でした。平瓦と平瓦のつなぎ目を丸瓦で覆うことで、雨漏りをふせいだのです。この2種類の瓦を使う基本的な方法を「本瓦葺き」と言います。お寺などで、軒先に丸い瓦が見えるそれが、本瓦葺きです。 これに対し、江戸時代に日本人が考案したのが、「桟瓦」というもの。これは平瓦に「桟」と呼ばれる“ふち”を作り、桟瓦の凸と凹を組み合わせることで隙間をなくし、丸瓦の代わりとしたのです。これなら1種類の瓦で済みますし、安上がりで葺くのも楽、というわけです。 しかしながら、複雑なだけに「本瓦葺き」の方が、とても重厚感があります。しかも屋根の部位やカタチによって瓦の種類もいっぱい! 例えば、「軒丸瓦」は軒先に使う瓦、「隅巴 (すみともえ) 」は屋根の隅の瓦、屋根の隅の三角形の軒平瓦は「隅軒平瓦」、棟に使う瓦は、「雁振 (がんぶり) 」「熨斗瓦 (のしがわら) 」などなどまるでパスルのようです。だから「瓦博士」が必要だったんですね。 ●そもそも瓦の起源とは? この瓦という屋根材は、そもそも誰が発明したのでしょうか? 中国で最も古い瓦が発見されていますが、西欧でもスペインなどでは大昔から瓦が屋根材として利用されていた事実もあり、実はその真相はあきらかになっていません。しかし、そもそも瓦は粘土を焼いて固化させた焼き物のひとつ。地域や発明者は特定されていませんが、新石器時代の人類が、土器を発明したときに、瓦も誕生したのではないかと言われています。粘土質の土を火で焼くことによって、水がもれないことを知り (これが土器になった)、これを使えば、雨漏りのしない屋根材になると思いついたのです。ある地域では、垂木を組んだ屋根の下地にこの粘土質の土を盛り固め、火で屋根の部分だけを燃やして、雨漏りのしない屋根をつくった太古の時代の形跡が発見されました。これぞ、まさしく瓦の起源といえるかもしれません。 |
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●織田信長が解放した瓦文化 さて、日本の「瓦葺」は、中世になっても寺院建築と密接な関係をもちながら発達してきました。寺院以外では、宮殿の一部で使われる程度で、「瓦葺」といえば「寺院」を指すほどだったといわれています。実は、瓦職人は強大な力をもった寺院が保有する技術者であったため、瓦葺がほかには広まらなかったのです。 ところが、これを打ち破る人物が戦国時代に登場します。比叡山を焼き討ちにするなど、寺社を徹底的に破壊した、あの「織田信長」です。その善悪はおくとして、当時、武士以上に力を持っていた寺社の経済力や技術力が解体されることによって、瓦職人が城や武士の建物を手がけるようになるのです。 ●江戸時代は防火のために、瓦葺普及! 江戸も後期になると、一般庶民にも瓦葺が許されます。それは防火のためでした。ご存知のとおり、「火事と喧嘩は江戸の華」といわれたほど、火事の多かった大江戸八百八町。一度火がでると手に負えないほど燃え広がることが少なくありませんでした。しかし瓦葺きにすれば、被害を押さえられると考えたのです。それはなぜか…。瓦は土で出来ています。木で葺かれた板屋根と違い、火が簡単に屋根に燃え移ることはありません。それに瓦の重みで、家が全焼するまえに屋根が崩れ落ちるので、飛び火が防げると考えられたのです。 ここでも有名人が登場します。町屋での瓦葺の解禁、奨励をおこなったといわれている名奉行。その名は「大岡越前」。真偽は定かではありませんが、瓦葺の歴史には有名人がなぜか登場するのです。 次回は、瓦葺の主役とも言える「鬼瓦」を解剖します! |
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