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Housing Column ハウジングコラム

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第 36 回
 住まいのヒミツ
【屋根タイムスリップ (7)】


屋根タイムスリップシリーズも、ついにファイナル。これまで、屋根は単に雨風をしのぐための役割だけでなく、権力の象徴だったり、身分のシンボルでもあったこともご紹介してきました。最後は、だからこそ起こった屋根に関する事件や、屋根にまつわるエピソードをいつくか探検してみましょう。

●神様のいる屋根を真似た豪族


 時は古事記の時代、5世紀頃。雄略天皇 (418年~479年?) が、領地を見て回るために出かけた際、国中が眺められる坂に登ります。このとき、自分の家の屋根ソックリの家をみつけてしまうのです。その大きな特徴が、屋根の上に乗っている「堅魚木 (かつおぎ)」という装飾でした。神社の神殿などの屋根に見られるもので、棟の両脇に千木 (ちぎ) と呼ばれる長い丸太を交差させて乗せ、棟の上には短い丸太を並べます。この短い丸太が堅魚木です。まるで兜のような印象を受けるこの建築様式は、今でも多くの神社や、神殿を模した神棚などで見ることができます。実はこの千木と堅魚木は、「神様を鎮座させている」象徴なのです。つまり、政治・軍事の支配者であると共に、神を祭る司祭者でもあった天皇の証。これを地域の豪族が、自分の力を誇示するために真似たのですが、雄略天皇の逆鱗に触れてしまいました。古事記には、「臣下に焼き払えと命じた」とあります。

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●日本を代表する優美な屋根「檜皮葺き」は高級貴族だけ

 この手の話は、たくさんあります。平安時代には、高い位の貴族にしか許されていなかった「檜皮葺き (ひわだぶき)」の屋根を下級貴族が作ったため、京の治安維持にあたる検非違使 (けびいし) の手によって、取り壊されています。
 檜皮葺きは、文字通りヒノキの樹皮を用いた工法。樹皮を用いる檜皮葺きは、仏教と共に大陸から伝わった瓦葺以前からあり、他国には例を見ない洗練された日本独自の葺きかたです。その手間と繊細さは、日本人ならでは。例えば、ヒノキの樹皮は3層からなっているのですが、一番ゴツゴツした表面部分を綺麗に剥ぎ取り、なんと7~8年待ってから、真皮と呼ばれる光沢があって強靭な檜皮を採取するのです。材料ひとつとってもこの手間ですから、贅沢なつくりであり、格の高い人の住まいや神社仏閣にしか採用されませんでした。その優美なつくりは、京都「清水寺」や長野県の名刹「善光寺」などで見ることができます。

●江戸時代の牡蠣殻を使った耐火屋根

 時代下がって江戸の頃。「牡蠣殻葺き (かきからぶき)」という謎の屋根が登場します。江戸が何度も大火に見舞われたことはご存知のとおり。特に明暦の大火 (1657年) は、壊滅的な被害を与えました。その原因の一つは、茅葺・板葺きの家が大半を占めていたことにあります。そこで幕府は、屋根葺き材を統制するために「茅葺は土を塗ること、柿葺き・板葺きには土を塗るか『かきから葺き』にせよ」と命じるのです。
 『かきから葺き』とは文字通り牡蠣の殻を使ったもの。既存の屋根の上に牡蠣殻を敷き詰めるもので、落ちてこないように軒に「貝溜め」という堰板のようなものをつけていたとか。しかし残念ながらその詳細はまだ謎のままです。研究によれば、食用の牡蠣ではなく、化石化した牡蠣殻を使ったのではと考えられています。
 暴れん坊将軍 (吉宗) の時代に、大岡越前が防火のために江戸庶民に「瓦葺」屋根を奨励したことはご紹介しました。この時、幕府は助成金も出したのですが、やはり瓦葺は高価。そこで、ここでも「塗り屋か、かきから葺きにせよ」という命令を出しています。塗り屋とは土蔵のように土で塗り固めた家屋のこと。それ以外は、「助成金を出すから牡蠣殻葺きにしなさい」としているのです。しかし、その手入れはとても大変だったようです。ここで颯爽と登場するのが、瓦屋根の回でご紹介した桟瓦。防火意識の高い人々は牡蠣殻葺きをやめて、安価で葺きやすい桟瓦を使用してゆくようになるのです。

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●「うだつがあがらない」の語源はどれ?

 江戸も中期を過ぎると、防火という意識が高まったところで、卯建 (うだち) が登場します。卯建とは、町屋の妻壁や隣家との境目の屋根の横に張り出した美しい堅牢な袖壁で、並んでいる街並の防火の役目をする構築物です。江戸末期になると、これに瓦で装飾を加え、権威を示すものとなっていきます。地域によっては、卯建を立てるのに役所の許可を必要としたので、『うだち』が『うだつ』に変化して、「ウダツが上がらぬ=卯建もつくれぬほど出世が遅い、金銭にめぐまれない」という語源になったという説もあります。実はこの諺には、これ以外にも説があるんです。
  1. 棟上げすることを大工用語で「うだち」といい、転じて一般に「志を立てること」という意味になり、それを打ち消す言葉「あがらない」と合わせたという説。
  2. 家の屋根裏と梁の間にたてる短い柱 (小屋束「こやつか」) のことを「うだつ」といい、上からも下からも押さえつけられている様子をとって、「うだつがあがらない」という言葉が生まれたという説。
  3. 掘り井戸の周りを石で積み上げるとき、一番下に組む木枠のことを「うだつ」といい、永久に表に出ることがないことから「うだつがあがらない」という言葉が生まれたという説。
 どれにせよ、屋根や住まいに関することが語源だということは確かなようです。みなさんは、どの説が有力だと思いますか?

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