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住まいと暮らしの雑学探検隊
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お庭タイムスリップ (1)
第 37 回
住まいのヒミツ
【お庭タイムスリップ (1)】
今回からテーマは「お庭」です。庭は、たとえ猫の額ほどしかなくとも、夢の一戸建ての象徴 (マンションでも庭と呼べるほど広いバルコニーも多くなりました)。青々とした芝生にしたり、玉砂利や飛び石を置いて日本風にしたり、家族でバーベキューをしたり、樹木と草花を基調とした美しいガーデニングやアロマ空間を楽しんだり…etc、庭の楽しみ方は十人十色。まさに住まいの個性を出す空間でもあります。
ところで、「庭」という考え方は、いつごろから日本にあるのでしょうか。ルーツはどこにあるのか。さぁ、いつものごとく、タイムスリップのスタートです!
●飛鳥以前は、自然そのままの庭も少なくなかった
飛鳥以前の庭は、朝廷などの有力者が、巨大な池などをつくって船で遊んだり、ウサギなどの獣を放ち、狩猟を楽しんだりと、自然をそのまま使った庭や、信仰の対象として、自然の巨岩や古木に注連縄 (しめなわ) を張り礼拝したり、貴人を葬った墳墓の山を中心として、濠をめぐらし、その頂や水際から水底にかけて玉石を敷き並べるといったものでした。
これが、大陸の影響をおおいに受ける飛鳥・奈良時代に入ると、あの日本庭園の象徴である、築山 (つきやま=庭園などに山をかたどり、土砂または岩石で小高く築いた場所) があって、池があって、池には島があって、川が流れているというつくりが浸透し始めます。実はこれ、単に自然を模したものではなく、ちゃんと意味があるのです。キーワードは「神仙思想 (しんせんしそう)」。
●日本庭園のルーツは、
あの秦の始皇帝も追い求めた不老長寿の島
「神仙思想」とは、中国の戦国時代 (紀元前403年~221年) に発達した民間信仰で、人間が百歳千歳の長命を保つ仙人になることができるという思想です。仙人には、不老長寿の仙薬「金丹」(きんたん=昔、仙人・道士などが練って作ったという不老不死の霊薬) を服用することによってなれると考えられ、その仙薬があり仙人が住む所は、神聖な高山であると信じられていました。
その高山にある薬草を集め、高山に住む神霊の力を借りて、神霊の住む洞窟の中で練製して仙薬は作られます。
またこのような高山は、大海の島々にもあると信じられていました。かの秦の始皇帝さえ、海上はるかに浮かぶ島々を見て、家臣の者を仙境のある島を探しにいかせています。
漢の武帝も、仙人と仙薬を追い求め、ついには自ら「神仙島」を築くことにするのです。それが、漢の武帝が築いたとされる長安の「建章宮」の庭で、大きな池をつくり、その中に蓬莱 (ほうらい)、方丈 (ほうじょう)、瀛州 (えいしゅう) と呼ばれる想像上の三つの神仙島 (神の島) をつくります。しかもこの神仙島は亀の形につくったと言われています。実は、この“亀”にも意味があるんです。
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●庭の鶴亀の島、松に柏も不老長寿への願い
もうお判りかと思いますが、自然界には、仙人だけでなく、動植物にも千歳を生きるとされてきたものがあります。動物なら鶴と亀や猿、植物では松や柏。日本庭園を思い出してください。鶴や亀を模した岩の島や、島に松を植えているところもありますよね。(鶴島、亀島という)
千年の鶴は、人間のように智力が生まれて、夜半の時を知って鳴き、脳が全部丹色 (にいろ=赤い色) をしていると考えられていました。亀もまた年月を経ると、五色の亀となり、額の上に両骨が突起して角 (つの) のようになり、人の言葉もわかるようになると信じられていたのです。
千年の松柏は、四方に枝が生えて、梢が短く、全体として傘をかぶったようなカタチへ。
これら鶴亀松柏は、自然の奥深くにあって、めったに見ることは出来ないが、万一目にすることが出来れば、この上なく目出度いことであり、自らの長寿につながると考えられたのです。ここからさらに想像力がふくらみ、神仙島の中には、洞窟ばかりでなく、宮殿楼閣や滝までがあるように発展していったんだそうです。
鶴島、亀島があり、松を植え、滝や洞窟があるという神仙思想の庭。これが日本庭園の骨格となったルーツなのです。しかし、日本の庭は仏教などの様々な影響を受けながら、自然を写し、自然から何かを学ぶ、日本独自の「哲学的な庭」へと変化を遂げていきます。
そう庭は、住まいにいながら自然と対話し、己と対話するための場所へと進化をとげるのです。
次回は、枯山水が誕生する平安時代以降の庭にタイムスリップです。
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