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第 39 回
 住まいのヒミツ
【お庭タイムスリップ (3)】


 今回も引き続き、お庭タイムスリップです。時代は、戦国から、江戸へ。


●戦国時代は、派手な庭に逆戻り?
 枯山水が見られるようになった室町から、群雄割拠する戦国時代へと激動の時代へ移ると、庭はより小さくなり、座ってみる「座視鑑賞式」のものが増えてきます。同時に、お庭タイムスリップ (1) でもご紹介した不老長寿の民間信仰「神仙思想」の色合いが再び登場。山水画的な庭の構成ながら、鶴や亀の形が島や岩にはっきりと出て、それが力強くなっていくのです。
 安土桃山ともなると、正面左右に鶴と亀が向かい合わせに配置され、右岸から鶴島、鶴島から亀島、亀島から左岸へと、池を横断する架け橋が渡される豪華なものが現れます。正面奥には、岩などで山々が築かれ、枯滝も配されています。これは登竜門の語源となった「龍門瀑」などの自然界のそれではなく、神仙思想を背景にした想像の滝を意味しているとか。いわば、山水画の要素がありつつも、神仙思想の世界を表現する庭に戻っているのです。でも、なぜでそうなったのでしょうか?

●不老長寿を願った戦国大名の庭と侘び寂の庭

 当時は戦国大名や天下人が栄耀栄華を極めました。自分の力で戦い、その地位を勝ち取った武士たちにとっては、次なる夢は不老不死、長寿への願い。下克上の時代ゆえに、不安の裏返しとして派手なつくりや、荒々しい石組みの庭で自分の力を誇示したのではないかと考えられているのです。
 豪華な「鶴島」「亀島」を築き、そこに大きな架け橋を渡す当時のこのような庭の代表的なものといえば、二条城二の丸庭園や、西本願寺対面所庭園などがあります。
 ところが同時に、荒々しさ・力強さとは全く逆の「侘び (わび)」「寂 (さび)」「幽玄 (ゆうげん)」の世界を表現した通好みの庭が現れます。それが草庵式の茶庭 (ちゃてい又はちゃにわ) です。
 これは、千利休がはじめたとされる茶の湯の思想から誕生したもので、茶室に付属した庭のことを言います。待合・腰掛け・蹲踞 (つくばい)・雪隠 (せつちん)、石灯籠などを設け、別名、露地庭 (ろじにわ) とも言います。江戸時代ともなると、その様式が発展し、様々な露地庭が登場することになります。

●ダイナミックな江戸時代の庭

 江戸期に入ると、通好みの茶庭が注目されながらも、諸国の大名たちは、こぞって大庭園を築きました。その名も「大名庭園」。安土桃山時代のような形式もありますが、その多くは平安時代のそれと同じように大きな池を有する庭。しかも、ダイナミックな眺めを重視する傾向が強くなります。
 例えば、富士山を中心とした東海道の景色や、宿場町の景観を庭に再現するなどの、「縮景式庭園 (しゅくけいしきていえん)」が多く造られたのです。代表的なものとしては、和歌の歌枕などの名所にちなんで、八十八景をまとめた「六義園 (りくぎえん)」などがあります。

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●藩が取り潰しにならぬよう祈りをこめた石

 この大名庭園の根底には、やはり不老長寿を願う神仙思想があるのですが、江戸時代ならではの、隠しテーマも登場します。それが「陰陽和合 (いんようわごう)」。つまり子宝に恵まれるよう、祈りをこめ、「陰陽石」というものが置かれることが多くなったのです。
 徳川300年の時代、諸国の大名にとっては、嫡子がいなければ藩が取り潰しになってしまいます。だからこそ、おまじないのように、陰陽石がおかれたのでしょう。
 江戸時代のもうひとつの作庭の流れとして、宮廷の庭園というのもあります。桂離宮などがその代表的な庭園ですが、大名庭園と違い、思想をいれずに自然の美しさを基本に造られています。この影響を受けて、はじめは武家様式の庭だったものを、宮廷様式に徐々に変えてゆく、なんてこともありました。

●印刷技術が庭を発展普及させた?

 江戸も中ごろになると、全国各地、様々な階層の人々が庭に興味を持つようになりました。その理由は印刷技術の発達です。浮世絵に代表されるように、色刷りのそれが登場するようになり、名所図絵と共に、庭造りの専門書なども刊行され全国に知られるようになりました。
 すると、それを読んだ人が、庭園の築造を望み、庭園趣味は急速に普及することになったのです。また、有名な作庭家も現れ、設計施工の職人も多くなったといわれています。
 しかし、それゆえに、よく似た庭園が全国に広がっていったのかもしれません。
 
 次回は、私たちが今も「日本風の庭」と感じ、心落ち着くる茶庭につて、もう少し探検します!
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