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Housing Column ハウジングコラム

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第 59 回
【夏情緒ある涼やかな暮らし (1)】
夏迎えの一日

 青い夏空にまぶしく顔をのぞかせる太陽。まもなく梅雨が明けると、いよいよ夏も本番です。海へ山へと遊びに出かける機会も多い楽しい季節ではありますが、高温多湿の日本の夏は、残念ながらあまり過ごしやすいとは言えません。現代に生きる私たちはクーラーや扇風機で簡単に涼むことにすっかり慣れてしまいましたが、電気のなかった時代の人々はどのように夏を過ごしていたのでしょう。江戸時代の夏の様子を覗いてみると、そこには少しでも快適にこの季節を過ごそうとする、さまざまな知恵と工夫を見ることができます。暑さをしのいで季節を楽しむ術を知り、夏の風情を満喫していたその心意気には思わず脱帽です。
 私たちもその知恵をちょっと拝借して、季節の情緒を楽しむ小粋な夏を過ごしてみるのもいいのではないでしょうか。今回は、季節の移り変わりをさまざまな行事で祝い楽しんだ江戸人に学ぶ、風流な夏の迎え方をご紹介します。

●夏の始まり「氷の朔日 (こおりのついたち)」


 旧暦6月1日 (新暦の7月初旬) は、江戸時代の人々にとって夏を迎える特別な1日。この日を「氷の朔日」と呼び、夏迎えのさまざまな行事が行われました。氷室に蓄えていた天然氷が宮中や江戸の将軍家へ献上され、庶民の間でも氷の代わりに氷餅(正月餅を寒中にさらして凍らせたもの)を食べて祝ったといいます。有力大名であった加賀藩からの献上は、江戸の人々にもよく知られた夏の行事だったようで、氷を運ぶ“お氷さま”の一行を待ちわび、沿道には冷たいしぶきを少しでも受けられないかと人々が行列をなしたといいます。ちなみに、庶民が氷を利用できるようになったのは明治維新以降のこと。今では当たり前のように手に入る氷ですが、江戸の人々にとってはとても貴重なものだったのですね。雪国であった加賀藩でも、氷はやはり庶民の手に届くものではなく、ここでは氷の代わりに麦でつくった氷室饅頭を食べて無病息災を願ったそうです。加賀藩のあった金沢市の湯桶温泉には今でも復元された氷室があり、旧暦6月1日に相当する7月1日に「氷室の節句」の祭りが開かれています。
 冷たい氷に夏の訪れを感じ、氷には手の届かない庶民の間でもさまざまな工夫をこらして、夏を迎える1日を過ごしていたのですね。
氷室饅頭

●お正月をもう一度?「はやり正月」


 お正月と言えば1月1日に新年を祝うもの。しかし、江戸時代には旧暦の6月1日に2度目のお正月をするという、ちょっと変わった風習がありました。悪病の流行や災害など前半にあまり良いことがなかった年は、縁起直しにお正月をやり直していたそうです。「悪いことは早く終わらせて、また新たな1年をスタートしよう」。江戸の人々は、なかなか前向きな気持ちを持っていたようですね。
 はやり正月があった年、江戸の町は正月飾りの門松でいっぱいだったといいます。暑い季節の正月飾りというのもなんだか不思議な感じがしますが、いやなことは早く忘れて新たなスタートを、という心意気はちょっと見習いたいもの。家の中に飾りを出して、はやり正月を祝ってみるというのも案外楽しいかもしれません。


●「夏越祓 (なごしのはらえ)」で厄落とし


 もう一つ、厄を落とす伝統行事をご紹介しましょう。「夏越祓」は701年に大宝律令で定められてから、現在まで受け継がれている行事。毎年6月の晦日に半年間の罪やけがれを祓い、年の後半を無病息災で過ごせるよう祈願します。この日、鳥居の下や境内には茅の輪という大きな輪が用意され、この輪をくぐることで厄から免れるのだそうです。
 また、京都では夏越祓に「水無月」という和菓子を食べる習慣があります。白い三角形の外郎に小豆をのせた菓子で、小豆は邪気を祓うとされ、三角の形は暑気を払う氷を模したものといわれています。当時は氷を食べると夏痩せしないと信じられ、宮中では氷が振る舞われていましたが、先に触れたように氷はとても貴重なもの。庶民が簡単に口にできるものではありませんでした。そこで、氷の形の菓子を作り宮中の貴族たちにならったのです。この水無月は、東京でもデパートの京菓子売り場などで見ることができます。厄落としの気分で季節の和菓子をいただきながら、おいしく夏を迎えてみる、というのもよいのではないでしょうか。

茅の輪
夏越祓の「水無月」
●東京で「富士参り」をしよう

 ここ東京の街にも富士山があることをご存知でしたか? もちろん本物の山があるわけではありませんが、「富士塚」という仮の富士山が数カ所あるのです。これは、富士参りが盛んだった江戸時代に造られたもの。暑さが険しく富士山に登ることのできない夏、江戸の各地に仮の富士を造り、旧暦6月1日にこの富士塚に登ってお参りをしたといいます。駒込神社や富岡八幡宮にあった富士塚には、晦日の夜から大勢の人が参拝に列をなしたといいますから、まるで大晦日の初詣のようですね。
 この富士塚、今でも都内や東京近郊にいくつも残っています。晴海トリトンスクエアのあるここ中央区にも一つ、鉄砲州稲荷神社の「鉄砲州富士」という富士塚があるんですよ。7月1日に富士開きの行事を行う神社も多いので、この機会にぜひ一度出かけてみてはいかがでしょうか。緑に包まれた静かな夏の境内に鈴の音を響かせて、富士参りをしながら涼をとる。なかなか粋な夏の過ごし方かもしれませんね。


 旧暦6月1日、現在の7月初旬に相当するこの日、江戸時代の人々は気持ちも新たに夏を迎えました。忙しい現代の生活では、気がつけば季節が移り変わっていた、ということも多いものです。でもちょっとしたゆとりがあれば、私たちも先人と同じように季節を楽しむ豊かな暮らしができるはず。四季折々にその風情を楽しんだ江戸人に学び、間もなく訪れる盛夏を、いつもとはちょっと違った気分で迎えてみてはいかがでしょうか。
 
 次回は、江戸情緒あふれるちょっと粋な涼のとり方をご紹介します。

鉄砲州稲荷神社
鉄砲州富士
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