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第 61 回
【夏情緒ある涼やかな暮らし (3)】
残暑の中に初秋の気配

 暑さの残る晩夏のころ、空にはまだ入道雲が広がり、街にも蝉の合唱が響いています。それでも8月に入ると間もなく迎えるのは、秋の気配が立つという「立秋」。江戸の人々にとって、旧暦7月 (新暦8月) はもう初秋でした。とはいえ、まだまだ暑い日が続く中、季節に敏感な江戸っ子たちはどのようにこの“暑い秋”を過ごしていたのでしょうか。そこにはちょっとした納涼のヒントが見つかるかもしれません。
 「夏情緒ある涼やかな暮らし」。3回目の今回は、番外編として、残暑のころに江戸の人々が楽しんださまざまな風物詩をご紹介します。

●江戸の空を賑やかに飾った「七夕」

 旧暦7月7日 (新暦8月7日) の「七夕」は五節供の一つで、江戸時代の公式行事。江戸庶民は、この七夕祭りを賑やかに楽しみました。七夕は、中国から伝わった牽牛 (けんぎゅう)・織女 (しょくじょ) 二つの星が天の川でめぐりあう伝説と、裁縫の上達を願う乞巧奠 (きっこうでん) の風習、日本の棚機つ女 (たなばたつめ) の伝説などが習合して始まったものとされています。
 この時期、町には短冊売りや笹竹売りがやってきて、五色の短冊や竹を売り歩いていました。竹には、願い事を書いた短冊のほかにも、色紙で作ったスイカやホオズキ、太鼓、ソロバン、硯 (すずり)、筆などを飾り付け、これを町家では軒並み屋根の上に立てていました。空を覆うばかりに竹が立ち並ぶその様子は、なんとも壮観だったといいます。
 竹を飾るほかにも、七夕の日には素麺を食べて邪気を祓うという習慣がありました。なぜ素麺かというと、天の川や機織(はたおり)の糸に見立てた、暑い季節に栄養価の高い素麺で健康を保った、などその説はさまざまですが、庶民の間ではもちろん、将軍家の祝膳にも素麺がのぼり、その大束が贈答品にもなっていたほど、江戸の人々には浸透した習慣だったようです。
 また、織姫は別名「梶の葉姫」とも呼ばれたことから、七夕の日には梶の葉模様の着物を着るという習慣もありました。この着物を着た女性たちは、水をいっぱいに張った“たらい”に夜空の星を写し、それを眺めながら五色の糸を針に通す、というなんとも風流な裁縫上達を願う儀式を楽しんでいたそうですよ。現在、7月7日といえば梅雨のさなか。ネオンや排気ガスも邪魔をして、水に映るような星空を見ることは難しくなりましたが、その豊かな情緒はぜひ受け継ぎたいものですね。
 現在も、この旧暦に合わせた1月遅れの8月に、多くの七夕祭りが行われます。都内では杉並区の「阿佐ヶ谷七夕まつり」がよく知られていますね。大きな七夕飾りが賑やかに競い合う、現代の七夕祭りを楽しんでみてはいかがでしょうか。
乞巧奠 (きっこうでん)
阿佐ヶ谷七夕まつり
日程:平成19年8月4日 (土)
     ~ 8日 (水)
場所:阿佐ヶ谷パールセンター

●灯籠の灯が町を彩る「お盆」


 旧暦7月13日 (新暦8月13日) は先祖の霊を迎える「迎え盆」、15日は迎えた霊を送る「送り盆」が行われた日。江戸の町では盆月の1カ月、軒下に盆提灯を吊るす習慣があり、花や鳥などをかたどった美しい灯籠が町を彩っていました。両国でも墨田川の河岸に色とりどりの趣向をこらした盆灯籠が灯され、それは見事な光景だったといいます。
 江戸時代、お盆には先祖の霊をきちんと迎えるための「盆棚」という特別な祭壇を用意していました。四隅に竹を立てて縄をめぐらせた中に低い棚をしつらえ、その上に位牌や香炉、花、膳椀などを並べたものです。旧暦7月12日と13日、江戸の町には盆棚づくりに必要な盆用品を取り揃えた「草市」が立ち、人々は先祖の霊を迎える準備に追われていました。この市で売られるマコモのゴザやススキ、茅(ちがや)の縄などは、田舎ならどこでも手に入るものばかりで、雑草やガラクタを売っているようなもの。現代にも通じる都会ならではのこの光景には、ちょっと驚いてしまいますね。
 祖先の霊を迎えた三日間が終わると、今度は迎えた霊を送り出す「送り盆」。家の戸口に送り火が焚かれ、隅田川や神田川では、霊を供養する灯籠流しが行われました。暗い川面に灯籠の灯が延々と連なり流れていく、寂しくも美しい光景は、今でも各地で夏の風物詩となっています。
 新暦8月4日、隅田川では「浅草夏の夜祭り」の灯籠流しが行われます。涼やかな夕暮れの水辺で、ゆっくりと流れる灯籠の灯を眺める。そんな風情あるひとときを過ごしてみてはいかがでしょうか。
灯籠流し
浅草夏の夜祭り
 墨田川「とうろう流し」

日程:平成19年8月4日(土)
    午後7時 流灯開始
場所:隅田公園親水テラス

●江戸庶民は月見好き。「二十六夜待ち」


 月見は江戸庶民に大人気だったイベントの一つ。江戸には湯島天神や神田明神、九段坂などの高台や、芝浦、隅田川、不忍池といった水辺に、月見の名所がいくつもあったといいます。特に水辺は月見の人気スポットで、周辺には団子や鮨、イカ焼き、蕎麦などの出店がずらりと並び、江戸の人々は水面に映ってゆらゆらと揺れる月の姿を好んで眺めていました。
 この時代の代表的な月見は「十五夜」「十三夜」「二十六夜待ち」の3つ。十五夜は旧暦8月15日 (新暦9月15日) の中秋の名月で、これは現代の私たちにも馴染みのある月見ですね。十三夜は旧暦9月13日 (新暦10月13日)。十五夜だけに月見をするのは「片月見」といってよくないこととされ、翌月の十三夜にも月見をしていました。ちなみに、十五夜に供える団子は15個ですが、十三夜は13個だったそうですよ。そして、旧暦7月23日 (新暦8月23日) が二十六夜待ち。月の出がだんだん遅くなるので「待ち」と呼ばれ、老若男女を問わず、飲んで食べて真夜中の月を眺め楽しんでいました。月光の中に阿弥陀三尊が現れるという信仰の行事だったのですが、人々がそれほど信心深かったわけではなく、あくまでメインは遊ぶことにあったようです。江戸っ子は根っからのイベント好きだったんですね。二十六夜待ちのころは、初秋といえどもまだ暑い盛り。夜風の涼しさを感じながら虫の音を聴き、名月を眺める。そんな情緒ある納涼のイベントとして楽しまれていたようです。
 月が雲に隠れてしまう夜は無月、雨の夜は雨月と、月見の夜がたとえどんな天気でも自然のままを楽しんだ江戸っ子たち。その遊び上手にならって、十五夜より一足早く“残暑の月見”というのもちょっと粋な納涼かもしれませんね。
二十六夜の月

 江戸の人々の“暑い秋”の過ごし方を覗いてみると、水に写す星空や水辺の月見、灯籠流しなど、涼しげな習慣がたくさんありました。パソコンもテレビも、もちろんエアコンだってなかった時代。江戸っ子たちは、想像力をめいっぱい働かせ、五感を存分に活用し、季節の風趣も暑さや寒さも、存分に楽しんでいました。そこには、環境も生活も大きく変わった現代にも活かすことのできるヒントがたくさんあるのではないでしょうか。ちょっと意識して感性を働かせ、彩りある暮らしを楽しみたいものですね。
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