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Housing Column ハウジングコラム

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第 68 回
【東京臨海地域・水辺の暮らし探検】
~豊洲編 その1~

 東京臨海地域シリーズ第三弾のテーマは江東区の「豊洲」です!
 ちょっと目を離していると、あっという間に景色が変わってしまうほど、進化・変貌を遂げ続けている街、豊洲。古い工場や倉庫などが取り壊され、ここ数年で高層マンションや商業施設が次々と誕生しています。巨大ショッピングセンター「ららぽーと豊洲」や、子供が“様々な仕事を体験出来る”「キッザニア」がある街、と言えば、東京に詳しくない方でもご存じなのではないでしょうか。
 知恵と工夫をこらした街づくりがされており、今、人口がグングン増加中。新しい小学校も建設されました。そんな新たな都市型生活タウン豊洲の、歴史から探検スタートです。

●「明暦の大火」をきっかけに新たな街づくりを計画


 そもそも東京湾の埋め立て地の歴史は、江戸時代に遡ります。江戸時代最大の火災被害とも言われる「明暦の大火」をきっかけに、低湿地帯であった江東地域を埋め立てることにより、密集した家や屋敷を分散させ、新たな街を作る計画をたてます。これが江東地域の埋め立てのはじまりでした。
 江戸の頃から始まった新たな街をつくる歴史、いわば江戸庶民の生活を安全で快適にしようという試みが、現在の臨海地域開発の歴史につながってゆくわけです。

●関東大震災の瓦礫で誕生した豊洲


 明確に豊洲地域の埋め立てが始まったのは、1923年 (大正12年) の関東大震災の瓦礫処理が目的でした。当初の名前は「東京湾 5・6・7 号埋め立て地」。昭和12年に町名がつけられる際、将来の発展を願い、豊かな土地になるように「豊洲」と命名されたと言われています。
 戦前から戦後にかけては、石川島播磨重工業などの造船工場、新東京火力発電所などの他に、様々な流通設備が建てられ、さらにそこに勤める人々のために商店、社宅や団地がつくられました。いわゆる当時の最新都市型タウンの先駆けだったのです。

●日本初のコンビニオープンは豊洲

 それゆえに、新しい商業施設の実験の場にもなりました。日本初のコンビニエンスストア「セブンイレブン」は、“豊洲”が第一号店です。また、当時はまだまだ少なかった大型のスポーツジムもオープンしました。
 しかし、時代が変化していくにつれ、建物は古くなり、また産業構造の変化から工場移転などが相次ぎました。そして晴海同様、再開発地域となり、現在のような変貌を遂げるにいたるのです。

●下町風情のある新都市型タウン

 「ららぽーと豊洲」から、雨に濡れずに我が家に帰る事が出来るマンションや、病院などの公共施設を併設したマンションなど、新たな試みが実施されている現代の豊洲。日本初のコンビニが設置された豊洲は、今も、新都市生活の実験の場でもあるのです。
 俯瞰して見ると、格子状に区画整理された街並みに、地上30階級の高層マンションが建ち並び、道路の幅も広く、街路樹が綺麗に植えられています。
 こう書くと、再開発地や新興住宅地によくある“人工的な冷たい”イメージが浮かびますが、豊洲は不思議と庶民的な雰囲気があります。若い家族が多く、ベビーカーを押しながら買い物に出掛けるママ達の姿や自転車で街を行き来する人がとても多いのです。深川や門前仲町といった下町文化圏に近いということもあるかもしれません。街は住む人がつくりあげるもの。豊洲は、銀座まで、自転車でたった15分の新たな下町なのです。
セブンイレブン1号店

●次回は、豊洲を100倍楽しむ方法


 豊洲の魅力は、大型商業施設ばかりではありません。21世紀に新たに誕生した街だからこそ、豊洲には自然と共に暮らす知恵や、省エネ対策、エコロジーな工夫がいくつもあります。さらに、お奨めデートスポットや船好き、鉄道好きにはたまらない豊洲ならではの情報などなど。
 次回は、そんな豊洲の魅力を探検します!
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