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“こよみ上手”で四季の達人~春の訪れを楽しむ~
第 70 回
“こよみ上手”で四季の達人
~春の訪れを楽しむ~
晴れた日の昼下がり。部屋に差し込むあたたかな日差しにほっと和んだり、道を歩けば日だまりにポカポカの陽気を感じたり。まだまだ冷たい風の吹く日もあるけれど、そんな小さな瞬間に気持ちがほころび始めたら、いよいよ春も本番です。
梅の花も見頃を迎え、桜の開花ももう間もなく。今回は、うららかな春の訪れをめいっぱい楽しむ、日本ならではの暮らしのヒントをご紹介します。
●四季の移ろいを細やかに知る「旧暦」
「なんだか春だなぁ」とは感じつつも、びゅんびゅん過ぎてゆく毎日。テレビのCMやショップのディスプレイも春満開で、情報が季節の到来を知らせてくる現代の暮らしでは、あっという間に葉桜、新緑、なんていうことも多いのでは?でもちょっと時代をさかのぼってみれば、日本には季節の移ろいを細やかに感じる繊細な感性と知恵がありました。それが、「二十四節気」や「七十二候」、「雑節」などを記した日本独自の旧暦です。
弥生や卯月といった月の名前は現代でもよく知られていますが、旧暦がどのような暦だったのかと考えると、「あまりよくわからない」という人が割と多いのではないでしょうか。そこで、まずは旧暦の仕組みを簡単に見てみましょう。
旧暦は、月の満ち欠けをもとにした暦「太陰暦」を基本としています。新月と新月の間は約29.5日なので、これを1カ月とし、12カ月で約354日。現在の1年よりも11日短くなります。このままでは3年もすると月の名前と季節感がかなりずれてしまうため、ずれが1カ月分に近くになると「閏 (うるう) 月」を入れて季節感と月の名前が合うように修正していました。これが一般にいう旧暦「太陰太陽暦」です。
旧暦に記されている「二十四節気」は、まだ太陰暦のみを使っていた時代に古代中国で生まれたもの。月の名前だけでは季節がわからず農耕にとっては大変不便だったため、太陽暦の1年を24等分し、それぞれの節気に「立春」や「夏至」といった名前をつけて季節の移り変わりを表しました。種まきや収穫の時期を正確に知ることのできる二十四節気は、飛鳥時代のころに日本へと伝わり広く使われるようになりました。
これに対し、二十四節気だけでは大雑把過ぎると考え、さらに細かく5日ごとに季節の移り変わりを表したのが「七十二候」です。やはり古代中国で生まれたものですが、中国と日本では気候が異なるため、江戸時代、渋川春海という天文歴学者が日本独自の七十二候を作り出しました。
5日ごとに季節を感じるなんてちょっと大げさな感じもしますが、考えてみれば365日毎日、季節は確かに移り変わっているもの。四季の移ろいに富んだ日本には、時に厳しくもある気候の変化に対応しながら、折々の自然の恵みを楽しむ豊かな暮らしがあったのです。
●旧暦のカレンダーは、驚くほど情報が満載
季節を正確に知り農事に役立てた二十四節気・七十二候のほかにも、旧暦には暮らしに関わるさまざまな要素が記されていました。例えば、「雑節」は日常生活の中から生まれた季節の迷信や風習を表したもの。「彼岸」や「八十八夜」、「二百十日・二百二十日」など、中国生まれの節気ではしっくり表現できないものを、日本独自の気候に基づいて表現したのです。また「暦註」には、大安や仏滅などの「六曜」、一白水星や二黒土星といった「九星」など、日の吉凶が記されていました。
このように情報満載だった旧暦のカレンダーは、さながら1冊の本のようだったといいます。種まきや収穫の時期を知ったり、農業の節目を「五節句」として農耕儀礼を行ったり、厄災を祓う宗教的な行事や祭りを行ったり、また日の吉凶を生活や政治に取り入れたりと、このカレンダーをもとに人々は日々を暮らしました。年中行事や祭りの際には四季折々の食材で特別なごちそうが振る舞われていましたから、縁起のいい初物や旬の味覚を楽しむ知らせにもなっていたのですね。
ところでこのカレンダー、算出方法があまりに複雑なため専門知識を持つごく限られた人にしか作ることができませんでした。このため、人々は次の年のカレンダーが発表されるまで翌年の予定はまったくわからなかったのだそうです。カレンダーが発表されて始めて、「来年の春分の日は○月○日だね」「春の彼岸は○月か!」といった具合。誰もがカレンダーの発表を楽しみにしていました。また地域ごとに気候も異なるため、正式な暦以外にも「自然暦」という地方独自の暦があったそうです。
ちょっとおもしろいのは、宮中や貴族の暮らしぶり。実に優雅なイメージがありますが、実際には毎日を暦に縛られて、けっこう窮屈な暮らしをしていたのだそうです。一日は日の吉凶を知ることから始まり、髪は三日に一度梳くこと、手の爪は丑の日に、足の爪は寅の日に切ること、など守らなければならない決まりごとが驚くほどたくさんあったそうですよ。
和の旧暦は、日々の暮らしに季節の移ろいや地域の風土が密接に関わっていた時代だからこそ生まれた、日本独自の文化。便利な新暦で暮らす私たちには必要のないものかもしれませんが、自然と調和する旧暦に触れてみれば、これまで見過ごしてきた季節の彩りがもっと豊かに感じられるのではないでしょうか。
梅
今回は、3月の二十四節気と七十二候、季節の歳時記をご紹介しましょう。
●3月~旧暦2月・如月のころ~
[二十四節気]
【啓蟄】
新暦3月6日ごろ。地中で冬ごもりをしていた虫が、あたたかな陽気に誘われて地上へと出てくる季節。春に鳴り響く大きな雷に驚いて虫たちが目覚める、という説もあるそうですよ。
[七十二候]
◎蟄虫啓戸 (すごもりむしとをひらく)
新暦3月6~10日ごろ。あたたくなり、虫たちが地上に這い出る季節です。
◎桃始笑 (ももはじめてさく)
新暦3月11~15日ごろ。すっかり春めいて、桃の花が咲き始めます。
◎菜虫化蝶 (なむしちょうとなる)
新暦3月16~20日ごろ。青虫がふ化して、紋白蝶が舞うようになります。
<暮らしの歳時記>
◎行事
修二会 (新暦3月1日~14日)
修二会 (しゅにえ) は仏教寺院で行われる法会の一つで、特に東大寺や薬師寺といった奈良地方の寺院で行われるものが有名。11人の僧侶が、世の人々に代わって二月堂の本尊・十一面観世音菩薩に日々の罪を懺悔し、天下太平、万民豊楽、五穀豊穣を祈願します。
1250年以上もの間、一度も絶えることなく行われてきた春を迎える行事です。
涅槃会 (新暦3月15日)
涅槃会 (ねはんえ) は、釈迦が入滅した日 (旧暦2月15日) に行われる法会で、現在は3月15日に行う地域が多くなりました。お寺では、釈迦が入滅したときの様子を描いた大きな掛軸「涅槃図」をかけ、釈迦の最後の教えを記したという「遺教経 (ゆいきょうぎょう)」を読んで、報恩の法要を行います。
涅槃会の日には、お寺や家庭で「涅槃団子」を作り、お参りに訪れた人や近所の人々に配る習慣があります。仏舎利 (釈迦のお骨) が五色に輝いたことから、この団子は白・青・黄・赤・黒 (紫)で鮮やかに色づけされていて、これを食べると無病息災で過ごせるといわれています。
◎季節の食:はまぐり
五節句の一つ「上巳の節句 (雛祭り)」の膳に供されるのが「はまぐり」。もともとの組み合わせの貝殻同士でしかぴったりと合わないことから「良い伴侶にめぐり合えるように」との願いが込められているのだそう。
また、干満の差が大きくなり遠浅になるこのころは、江戸庶民にとって潮干狩りを楽しむ時期でもありました。佃島や深川も、人気のあった潮干狩りの海岸だったそうですよ。
コクのある濃厚なうまみは、焼きはまぐりや酒蒸しで丸ごと味わうのがおすすめです。
◎花暦~東京の花名所~
[梅]
羽根木公園 (世田谷区) には65品種約700本の梅を見ることができます。おすすめは同じ木に紅白の花が咲く「思いのまま」や、シダレウメの「ふじぼたん」など。
[水仙]
代々木公園 (渋谷区) の西門から桜の苑に続く散策路近くでは、群生する水仙を楽しむことができます。
水仙
[二十四節気]
【春分】
新暦3月21日ごろ。昼と夜の長さが同じになり、この日を境に昼が長く、夜が短くなります。日が長くなるうれしさを感じる季節ですが、「春宵一刻値千金 (しゅんしょういっこくあたいせんきん)」ともいわれ、短くなる宵を惜しむ言葉もあるのは印象的ですね。
[七十二候]
◎雀始巣 (すずめはじめてすくう)
新暦3月21~25日ごろ。春に誘われて、雀が巣作りを始める時期です。
◎桜始開 (さくらはじめてひらく)
新暦3月26~30日ごろ。本格的な春の到来。いよいよ桜が咲き始めます。
◎雷乃発声 (かみなりすなわちこえはっす)
新暦3月31~4月4日ごろ。秋に聞こえなくなった雷が、春の訪れとともに鳴り始めます。
<暮らしの歳時記>
◎行事
春の彼岸 (3月21日前後の7日間)
「彼岸」は極楽浄土を表すことば。太陽が真東から昇り、真西に沈む春分は、極楽浄土のご先祖さまと交わることができると考えられていました。そのため、春分のころに牡丹餅のお供えをしたりお墓参りをしたりして、ご先祖さまに感謝の気持ちを表すようになったのです。
また、日本では春と秋は農事の始まりと収穫を告げる大切な時期。彼岸の日の水で種まきをすると、虫がつかず豊作になるとされていました。近畿地方には「日迎え・日送り」といって、彼岸の午前中に東、午後には西のお寺やお宮にお参りをするという風習が今も受け継がれていますが、これは農業の神様を迎える神事の名残りともいわれています。
ちなみに「牡丹餅」と「お萩」は同じもの。季節による呼び方の違いです。春は牡丹の花が咲くころなので「牡丹餅」、秋は萩の花にちなんで「お萩」と呼ばれます。スーパーなどでは通年「お萩」として売られていることが多いようですが、そんなことをちょっと意識するだけで、季節を感じることができるのかもしれませんね。
◎季節の食:たけのこ
この時期、土の中からひょっこり顔を出すのがたけのこ。最近ではパックになった水煮が年中売られていますが、やはり春の堀りたて、旬の味が一番です。生のたけのこは食べるのが面倒という人も多いようですが、意外と簡単なのでぜひ (鍋に米ぬかと水を入れて1時間ほど茹でればOK)。ちょっとひと手間かけて、旬の豊かな風味を味わってみてください。
◎花暦~東京の花名所~
[木蓮]
新宿御苑 (新宿区) に咲く木蓮は、樹齢200年といわれるみごとな大樹。彼岸のころが花の見頃です。
[花桃]
桃の花の鑑賞用品種。谷中蓮華寺 (台東区) の花桃は、鮮やかな濃紅色に思わず目を奪われます。
[寒緋桜]
お花見シーズン前の穏やかなひととき。上野恩賜公園 (台東区) では、いち早く咲く寒緋桜が楽しめます。
[枝垂桜]
美しい庭園に咲く六義園 (文京区) の枝垂桜は3月下旬から4月上旬が見頃。幻想的なライトアップもおすすめですよ。
たけのこ
木蓮
花桃
あまり馴染みのなくなってしまった日本独自の暦。二十四節気や七十二候など、一つひとつの名前を見ているだけでも繊細に季節の変化が伝わる風雅な文化だと思いませんか?
自然の声に耳を傾け、伝統の風習をちょっと意識する。“こよみ上手”になって、そんな四季折々の変化を楽しむ暮らしができたら、何気ない日々にいきいきとした彩りを感じることができるかもしれませんね。
◇今回は都内の花名所をご案内しましたが、もちろん晴海トリトンも春満開。桜の散歩道では、間もなく「寒緋桜」や「枝垂桜」が見頃を迎えます。花が咲き競い、花のテラスが美しく彩られるこれからの季節。ぽかぽかの陽気に誘われて、のんびり散歩にお出かけください。
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